第5話 俺が戦ってはダメなのだが!?

「レベル10になるには10,000も経験値が必要なんですね」

 

 俺が外れるためにはレベルアップが必須のエルの口調は、何故か軽かった。

先ほど、今の状況がわりと異常で、さっさと改善しなければならないと真剣に伝えたつもりだったのだが……


「申し訳ない。面倒なことに巻き込んでしまって……」


「いえいえ、この状況はむしろ嬉しい方ですよ。はわぁ~」


「こらガントレットに頬擦りするな。錆びる」


「すみません、つい……てへ」


(まったく……エルは俺から解放されたくないんじゃないか?)


 本人はそう思っていても俺自身は大変困る。

このままじゃ俺自身が自由に行動できないからだ。

 勿論【ソウルリンク】を使って、エルの体を乗っ取って、彼女の意識を完全に封じてしまえば一応その問題は解決できる。


(だが他人を乗っ取って自分が自由を得るなどありえん。そんなのは駄目に決まってる)


 例えリビングアーマーという立派なモンスターになったとしても、心までモンスターにはなりたくない。


だったら答えは一つ。


(さっさとエルのレベルを10へ上げて、呪いを解除する。それだけだ。単純明快だ)


「エル、そこを右だ」


「はーい」


 そんな訳で俺はエルフの美少女剣士――俺の真剣な本音―――エルにくっ付いたまま、迷宮を彷徨い歩く。

 俺の数ある力の一つ【探索サーチ】は、目標の存在がこの先にあると知らせて来る。

近づくに従い、周囲の空気がにわかに冷たさを増す。


「あ、あの、鎧さん、本当にこっちで良いんですか?」


 流石のエルも、周囲の空気にただならぬものを感じたのか体を震わせていた。


「案ずるな。問題ない。このまま……」


「NMOOOO!」


「ひ、ひやぁ!? ミノタウロス!?」


 突如目の前に現れた、巨大なミノタウロスに驚き、エルは転んで尻もちをついた。

 迷宮高層でも最大の強敵の一体に数えられるモンスター:ミノタウロス。

ミノタウロスはビビるエルを睥睨し、突き出した鼻から荒い息を噴き出し、筋骨隆々な肉体をわななかせていた。

奴の握る大斧の柄がギリっと締まる。


「よ、鎧さん、逃げましょう!」


「いや、これで良い」


「ええっ!?」


「安心しろ、俺に任せろ……【ソウルリンク】!」


 魔法の言葉を叫べば、エルに装着された俺の表面に浮かぶ、何本もの畝(うね)に輝きが迸る。

エルの意思が後ろへ下がり、俺の意識が突出。

ずっしりと鎧の感触を肩に感じ、入れ替わりが完了した。

俺は背中の鞘から、立派で巨大な剣――バスタードソード――を抜く。


 これはエルが初めから装備していた武器だった。

しかも磨き上げられた刀身は素晴らしく、細工も質素ながら丁寧な仕事の跡が見受けられる。

それだけでこの剣が極上の品であると判断できた。


「行くぞ!」


「NMOOOO!」


 飛び出すのと同時に、ミノタウロスが大斧を振り落とす。


「遅い!」


 エルの口を借りてそう叫び、加速して、ミノタウロスの懐を目指して飛び込む。

そして上へ剣を振った。

地面に叩きつけられた大斧の刃と柄がスパッと切れ、ただの棒きれへ変わり果てる。

 目を見開くミノタウロス。

 その時既に、飛び上がった俺は剣を横に構えて、ミノタウロスの姿を捉えていた。


「ふん!」


 鋭いバスタードソードの刃が、ミノタウロスの首を過る。


「NMO……!」


 悲鳴は短かかった。ミノタウロスの胴から綺麗に首が飛び。筋骨隆々な巨体は力なく倒れる。

そして巨躯はすぐさま、ガラス細工のように砕けて散り、戦利の証である水晶のような”魔石”に変わったのだった。


(討伐完了。迷宮高層でのこいつの経験値は一体約2,000。この調子でこいつのようなモンスターを狩り続ければ……ん?)


 ミノタウロスを倒した筈なのに、エルの経験値欄は全くカウントを刻んではいなかった。

 まさかと思い、俺自身の経験値欄を確認。

数えるのも億劫な、10桁以上の俺の経験値欄。

よく見てみれば隅っこの数字が2,000ばかり増えていた。


(この状態だと俺の経験値になってしまうのか、糞!)


 どうやら、俺が強力なモンスターを倒して経験値を稼ぎ、さっさと呪いを解除してしまおう作戦は実施できないようだ。


「エル済まない。俺が君の代わりにモンスターを討伐して経験値を稼ごうと思ったが駄目みたいだ」


「ですよねー。なんか身体が勝手に動いて楽ちんって思ってましたから」


 相変わらずエルは軽い調子で言葉を返して来たのだった。


(こうなればエル自身に経験値10,000を稼いでもらうしかないな……)


 だったらまずはエルの能力をこの目で確かめる必要がある。

 ひとまず、ミノタウロスの魔石を拾い、俺とエルは更に奥へと進んでゆく。


「GYO、GYO……」


 目前にゴブリンの集団が現われた。

幸い連中は未だ我々に気が付いていない。


遭遇エンカウントだ。エル、君は経験値10,000を自分自身の手で稼がねばならん。まずは君の実力を俺に見せてくれ」


「はい、鎧さん! 頑張ります! おおっとっと」


 エルはバスタードソードを構えるが、盛大によろけてしまう。


(これはエルの持ち物なんだよな……? こんなので大丈夫、なのか……?)


 一物の不安を抱える俺なのだった。

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