第4話 外れなくなってしまったのだが!?
どうやらこうして装着されていると俺の声が届くようだった。
試してみて正解であった。
「信じられんかもしれんが、今喋っているのは君に装着されている鎧からだ」
「あっ、でもこの声って、さっき確か?」
「聞こえていたのか?」
「なんとなく、誰かが私を呼んでいたような、そんな気が……?」
「そうだったのか。なら信じてくれるか?」
努めて冷静に、できるだけ優しく聞いてみる。
すると彼女は「ええ、まぁ」と、一応納得はしてくれたようだった。
しかし要件はもう済んだ。
さすらいのヒーローは危機に瀕した少女を助けたならば、さっさと帰るべし。
(というか、いつまでも彼女にくっ付いているのが恥ずかしい……)
連中に装備をやられて、裸同然の、しかも身目麗しいエルフにいつまでくっついたままでいるのは、生涯童貞だった俺にとっては気恥ずかしくてたまらない行為である。
「最後に面倒をかけて済まないが、俺を外してくれないか? どうにも自分ではできそうもないんだ」
少女が眠っている間に、俺は何度か離れようと試みた。
しかしガントレットはびくともせず、胸当ての鋲さえも取り外せなかったのだった。
「はい……あれ?」
「どうかしたか?」
「あの、外れないんですけど?」
少女はガントレットを引っ張るが、一向に外れる気配が見えない。
「なに!? もう一度!」
「うー! んー! んんーっ! たはぁ……ダメですぅ……」
(これはどういうことだ!? 何故俺はこの少女から離れられないんだ!?……まてまて落ち着け。一旦冷静になれ。迷宮での心得その二、常に冷静であれ)
自分へそう言い聞かせると、エルフの少女から外れなくなった動揺が落ち着いて行く。まずは状況確認。
俺は再び自分自身へ【
ステータスは変わらず、ソウルリンクは使用可能に、しかしその下に……
(なんだ、この“呪い”という項目は?)
「はぁ、はぁ、んっ、はぁ……」
地面へぺたりと座り込んでいるエルフの少女が息を荒げていた。
頬も赤く、苦しそうに見えた。
鎧のサイズが合っていないのだ、きっと。苦しいのも無理はない。
「もう少し待っててくれ。今、外す方法を調べているから」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
エルフの少女へ安心するよう語り掛け、俺は“呪い”の項目へ意識を集中させた。
項目が選択され、詳細な情報が視界に表示される。
『“呪い”とは倒されたリビングアーマーが、低確率で“装備品”としてドロップした際、低レベルの装着者へ呪縛を発動させ、装着解除を不能にさせることです』
視線を下げ、説明をスクロール。
『装着解除の必要レベルは10。必要レベルに達した段階で、呪いは自動的に解除されます』
(そういえば拾った鎧をむやみやたらに装備するなと、初心者講習会で教わったことがあったな。なんと厄介な……)
状況は理解できたので、次いで解決策を明確にするため、彼女のステータス開示を要求した。
――レベル10までの必要経験値計算中……計算完了――
――必要経験値:【10,000】――
(10,000か……迷宮高層では、かなり難儀な数値だな。たしか高層のゴブリンの経験値が一体約5であるからして……)
「むぅー……ちゅ」
「ッ!?」
突然、
何故かエルフの少女は自分の右手を覆うガントレットへ口づけをしている。
「な、なにをしているんだ……?」
「あはー、つるつる、すべすべ、ひんやり、はわぁ~……はぁ、はぁ、んんっ~!」
少女は俺の声などまるで聞こえていないのか、ガントレットに頬を擦り付け、恍惚な表情を浮かべていた。
「や、止めないか! 錆びる!」
「きゃっ!」
慌ててソウルリンクを発動させ、無理やり彼女の頬からガントレットを引き離す。
「はっ!? わ、私、もしかしてやっちゃってました!?」
ころっと我に返ったエルフの少女は顔を上げた。
「なんというか、まぁ……」
「すみません! 金属を見るとつい……」
彼女は長い耳を真っ赤に染めて、消え入りそうな声で釈明をする。
「金属を見ると?」
「はい。綺麗なこの鎧を見てたら無性にあのひんやりとしてすべすべな感触を感じたくなりまして……」
「は、はぁ……金属に……興味があるのか……?」
とりあえず聞いてみると、
「はい! 大好きです!」
彼女はきっぱり鼻息荒く答えた。
「てかてかで、固くて、逞しくて、ああもう! こんな綺麗で立派な鎧がくっ付いてくれただなんて、これ夢か何かですか!?」
(珍しいエルフだな……)
元来エルフは自然と共に森の中で生き、他種族が生み出した金鉱細工の類には興味を示さないのが一般常識である。
「てかてかー、ひんやりー、ああ気持ち良い~」
しかしこの娘はそんな一般常識などどこ吹く風。
愛情ともとれる表現を金属に示している。
「なんだ、その、もう苦しくはないのかね?」
「何がですか?」
「いや、だってさっきかなり苦しそうにしていたような……」
「あーあれですか? 貴方を見て触りたいなぁって思って。でもいきなりそんなことをするのは失礼かななんて。でもずっと眺めていたら、胸の奥がキュンキュンしちゃって、どうしようもなくなくなって……」
とても愛らしく可憐なエルフの声に、心臓が高鳴った気がした。
今の俺に心臓と言うものがあるかは定かではないが……
「キツイんじゃないか? 主に……なんだその……胸の辺りとか……」
妙な気を起こしてしまいそうだった俺は、話題の転換を図る。
「胸の辺り、ですか?」
「ああ、圧迫感とかないか?」
「いえ、全然! むしろぴったりなくらいです、はい!」
(俺って男性用の鎧だから女性が装着するには胸の辺りが苦しい筈では……ああ、そうか。そういえばこの子の胸はかなり薄かったような……)
納得は行くが、それを言及するのは余りに失礼極まりない。
「そうか、サイズが合っていたようなら良かった……」
とりあえずお茶を濁す俺なのだった。
「あっ、そうだ。自己紹介が遅れました。私は【エル】です! 剣士やってます! 貴方のお名前は?」
「お、俺か? 俺は……?」
唐突に聞かれて動揺しているのか、名前が咄嗟に出なかった。
しかし少し落ち着いても一向に”名前”が浮かんでこなかった。
(落ち着け俺。ステータスを見れば分かるはずだ)
落ち着いて自分のステータスへ視線を移す。
名前――【情報が欠損しています。この情報は開示不能です】――
(なんだと!?)
そういえば自分がどこに住んでいたのか、これまでの歩みはどんなものだったのか。
ところどころ抜け落ちているような気がする不思議な感覚だった。
(これはリビングアーマーになった衝撃で記憶が欠落したのか? それとも別の要因が……?)
必死に様々な可能性を、色んな角度から検証し、自身の記憶欠落の原因を探る。
「あはは……、やっぱいきなり鎧にキスするような人は警戒されますよね。すみません……」
エルフの少女【エル】は長い耳を下げ、しょげてしまった。
(しまった思考に夢中になっていて彼女への回答を忘れていた。しかし肝心の名前は……)
だが何かを応えねばこの子に申し訳ない。
可哀そう。答えてあげたい。
「俺は……
咄嗟に出たのがソレだった。なんと語彙力のない自分に絶望した瞬間だった。
「よろい? そのまんまなんですか?」
「あ、ああ、そうだ! そうなんだ! 覚えやすくて良いだろ? ははははっ!」
もうどうとでもなれと、俺は自信満々に答える。
するとエルは”ほぅ”と優しい息を吐き、胸に手を添えた。
「わかりました。それじゃあ、”鎧さん”、さっきは危ないところを助けてくださって、しかも私にくっ付いてくれてありがとうございました」
エルフ独特の謡うような美しく柔らかい声に乗った感謝の言葉。
既に体温という概念の無い俺だが、のぼせ上るような感覚を得るのだった。
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