アイス返す
なりた供物
アイス返す
その冷たくなった身体を見た時、初めて彼女が死んでしまった事を、心で認識する事ができた。
普段の帰り道、彼女はいつも通り僕に笑顔を振りまく。そして僕は、彼女に好かれようとアイスを買ってあげる。彼女の好きなアイスだ。
ミルク…抹茶…チョコ…いろんな味があるが、彼女は何でも食べる。気分じゃなくても、文句ひとつ言わず、美味しそうに食べてくれる。素晴らしい事だ。
そんな彼女が死んでしまった。車に撥ねられた。
その日はいつも通りだった。いつも通りコンビニでアイスを買って、彼女の家で映画を見る。その後も期待しちゃったりしていた。
今日は彼女の給料日だった。だから彼女が奢ってくれた。いいよいいよと言っても無駄なタイプなのは知っていたので、小声でありがとうとしか言わずに貰った。嬉しかった。
昔から大きな声を出すのは苦手なんだよなぁ。とか思ってたりすると、彼女の携帯が鳴った。
「もしもし…えっ…直ぐに行きます!」
「ピッ」
「ごめん!バイトの子が倒れちゃったみたいだから、急いで向かわなきゃ!!わざわざ時間を割いてくれたのにごめんね!!アイス返す!!」
「あ、ちょっ…」
アイスを投げて返された。というか、元々僕のものではないのになぁ…そんな事を考えていた。その時だった。
彼女の横から、右折したトラックがやってきた。
「あっ、危ないっ!!!」
小さい声で、精一杯叫んだが、この気持ちは
届かなかった。
必死に彼女を介抱する。しかしその隙にトラックには逃げられた。そんな事はどうでもいい。とにかく彼女の出血がひどい。身体が異常に熱い。止めなくては、助けなくては。直ぐに救急車を呼び、その間も適切な処置を必死に調べた。周りに人は集まってきたが、誰も彼女を助けようとはしなかった。
冷たい世界だった。僕一人の力じゃどうにもならなかった。
どうやら即死だったらしい。なんの応答も無かったから、嫌な予感がしていたんだ。だけれど、まだなんの実感もなかった。犯人も一向に見つからなかった。
そして僕は彼女の両親に泣きながら謝罪した。尻を蹴り上げられた。痛い、熱い。
冷たい。
なんとか葬式だけには出席させてもらえた。あんなにボロボロだった彼女は、とても綺麗だった。だけれど、何の温度も感じず、ここでやっと僕は死を受け入れる事ができた。
帰った後、ふと自分のバッグを見ると、あの時返されたアイスが入っていた。もうドロドロに溶けていたのだが、少しでも彼女の温度を感じたいと思ったのか、僕はそれを口にした。
「ああ、温かいなぁ。」
アイス返す なりた供物 @naritakumotsu
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