第三幕-6

 アルブレヒトやリザードマンの男に、カイムは差し迫っていた資材の備蓄に関して相談した。彼等は装備の製作を依頼できても提供できる物資はほぼないに等しかったからである。

 だが、アルブレヒト曰く備蓄は研究所の地下に広がる長い坑道から鉱山まで取りに行けるとのことで、カイムの問題は彼女達に負担をかける形ではあるが解決した。


「まぁ、食料くらいかな?要るものといえば……」


 それでも、資材に関して問題ないと言ったアルブレヒトだったが食料問題は解決することができず、その点をカイムに依頼した。

 さらに、アルブレヒトはもうひとつ必要な物を付け加えた。


「彼にも名前を付けてやってくれないか?」


「俺に名前か!想像がつかないな……」


 アルブレヒトの頭を掻き俯きながら依頼する内容に、リザードマンは驚きながらも嬉しそうに彼女へ笑った。


「貴方が付けた方が……」


「この世界には名前の概念が薄い。付ける側でないと付け方が解らないのさ。私も同じでね。貴族の分家じゃ習わない。概念が無ければ考えることも出来んのさ」


 喜ぶリザードマンと気恥ずかしそうに彼へローキックをするアルブレヒト達にカイムは一言かけたが、それを彼女は遮って続けた。その言葉は天才の悔しさ混じる笑みが添えられており、カイムは静かに頷いた。

 天才といえど、概念を思いつかなければそもそもの能力発揮ができないのである。

 そんなやり取りの後、今後の連絡や必要事項の確認をしているうちに、工房の外は暗くなっていた。それだけでなく、この施設には時計がありカイムも感覚的に現在が夜だと理解していた。この世界も24時間で1日が過ぎるようで、貴族なら時計を持つ者も居るらしいというのがアルブレヒトの聞いた話であった。


「今夜は泊まっていくと良いぞ。君なら心配要らないだろうが、野盗でも国民。今後の事を考えると、下手に戦って傷つけると、良くない印象を与えかねん。それに、同行者は君ほど強くも無いしな」


 研究所は無駄に部屋が多い為に、カイム達はアルブレヒトの言葉に甘えることにした。彼等に貸し出された部屋は大きめの机とベッドがあり、窓が1つつけられた質素なものであっる。

 カイムが机のランプに明かりを灯して書き物をしていると、唐突に部屋の扉からノックが聞こえた。


「すみませんカイムさん。入っても良いでしょうか?」


「良いですよ。何かありました?」


 扉の外から聞こえる声がブリギッテであることが判ると、カイム彼女に入室を促しつつ机に向かいながら問いかけた。


「あの……その……何か有った訳では無いんですけど……」


 要領の得ないブリギッテの言葉にカイムは椅子の上で背中を伸ばすと、彼女へ振り返り首を傾げた。 

 そして、ブリギッテはカイムの視線を受けると手を組ながら口を開いたのであった。


「カイムさんは、その……、この国を救おうとしてるんですよね」


「そうだけど。もしかしてだけど、やっぱり信用出来なかったかな?まぁ、仕方ないけどさ」


 

 疑念が混じったブリギッテの声にカイムは肩をすくめて彼女へ自虐気味に返したのである。

 すると、ブリギッテは慌てて両手を振りながら何度となく首を横に振った。


「違うんです!そうじゃなくて……カイムさんの作ろうとしてる銃っていうのは、この国を救えるんですか?人々を幸せに出来るものなんですか?」


「確かに、銃器はただの武器だよ。人を救えるかと言えば、無理だよ。ただの戦う道具には奪う事は出来ても、救うことは出来ない」


 ブリギッテの言葉に、カイムは彼女なりに苦しむ人々を思う気持ちを感じ取った。

 だからこそ、カイムはあえて突き放す様に本当のことを濁さずそのままブリギッテに伝えた。当然ながら彼の言った真実に、彼女は驚き目を丸くしたのである。


「なら……、何でこんな物作ろうとしてるんですか?あの時は何も言えなかったですけど……カイムさんはこの武器でヒト族と戦うんですか?それとも……」


「確かにヒト族と戦うつもりだよ。だけど、その前にやるべき事がある」


 ブリギッテの追求に対して、カイムは彼女の目を見て答えた。ぶれない彼の視線に彼女が少し黙ると、カイムは背後の窓へ振り返り外の月を見つめた。


「まずはこの国をもう一度統一しなくちゃ……」


「そのためにこの国のなかで、この国の人々にお互いを戦わせるというんですか?」


 背中に受けるブリギッテの言葉には抑えられた怒りがあるとカイムは感じた。


「成り行きでここまで来ましたけど、何も言わなかったけど、何も思わなかった訳じゃないんですよ。こんな状態なのに、更に戦えと。更に人々に傷つけあえと言うんですか?」


「君の言うことは確かにそうだ。だが、このままだとこの国は2つに分裂する。北と南だけならまだしも、東西も含めて分裂すれば最早国の再建なんて不可能になる。この国がまだ1つだから何とかなっているのに、北だけなら難民はほぼ確実に餓死する」


「だったら……農業や食料事情を改善すれば良いです!ここの技術を町で使えば……」


 ブリギッテの言葉は彼女自身の優しさから出ていた。この優しさから来る言葉にカイムは少し言葉を選んでから理論立てて説明したのである。

 だが、カイムの言葉にブリギッテは反論の声を上げた。内容は漠然として要領を得ないものであったが、彼女は目をそらすことなくカイムに対したのであった。


「ここで行動を起こせば南側が動く。あいつらが利益独占によって不平等が起きているなら、首都や帝国東部、北部の復興は邪魔になる。当然介入してくるだろう」


「何でそんなに悪く考えるんですか!姫様も、皆も。同じ魔族の、同じ国の人間なのに敵対しあって!協力しあうべきとかあなたさっき言ってましたよね!」


「それは過去にしていればという話だ。南と北東は最早イデオロギーが完全に異なっている。考えが異なれば争いは避けられない。なら、無駄な死人が出る前に先に対策する必要がある」


「人の命を物みたいに……対策とかってそんな言い方……それに、人の死に無駄も有益もありません!」


 ブリギッテはカイムの意見を聞く程、その感情を露わにし始めた。姉との会話から、発言や感情を抑圧された為に語気が荒くなっていると理解したカイムは、飽くまで冷静さを保つように努力をしながら彼女へ答え続けたのである。

 そんなカイムの冷静な口ぶりは逆にブリギッテの思考や感情を逆撫でると、最後には握り拳を震わせながら彼女は歯を食い縛った。


「言葉のあやだよ。確かに命はだれにでも平等だ。だが同じ価値じゃない。今なら南の一部貴族を処理すれば犠牲は少なくてすむ」


 カイムはただ淡々と語った。その貫徹した冷静な語り口にブリギッテの荒ぶった感情の波は次第に穏やかになり、彼女は震える拳をときつつ大きく肩で息をしたのである。


「納得いかないなら協力しなくていい。少しでも思うところがあれば協力して欲しい。とにかく内紛、いや内戦は避けられない。そこだけは理解しておいて欲しい。こんなやり取りも、どっかの誰かを合わせれば2回目だよ」


 彼の語る通り、アマデウスへ外出理由を説明した時にカイムは大まかな今後の予定を話た。そのときに、アマデウスも先程までのブリギッテと同じこと同じように言って見せた。

 だが、カイムはアマデウスに説明したときを思い出しつつ彼をブリギッテの様な良心のみの理想家というより少し現実的な計算出来る人物であることを改めて理解したのである。

 カイムには、ブリギッテのような理想と現実の境界が曖昧な人間に話せることはこれ以上なかった。


「納得は……出来ないです……」


 黙っているカイムへ一言残し、再び拳を握り締め瞳の端に涙を溜めたブリギッテは彼の部屋を足早に出ていった。

 開け放たれは扉からはブリギッテの足音が響き、その音に遅れてゆっくりと扉の隙間からは大きな影が差したのである。

 ゆっくりと開いた扉からはアマデウスが顔を覗かせた。


「これは中々不味い感じ?」


「うん、とってもだよ」


「こればっかりは……どうにもならんだろ。これこそイデオロギーの違いによる争いだよ。叩かれたりしそうな気迫だった……」


 アマデウスに尋ねジト目で見つめる彼から酷評を受けたカイムは、両手を広げ大げさにお手上げと身振りで表すと力無く椅子に座り込み嘆いた。


「明日は早めに出発しよう。あまりいい気分にはならないけど、彼女……いやブリギッテさんに妨害される前に行動した方が良いよ」


 カイムは成り行きで増えて行く味方と、その味方による仲間割れに不安を感じながら机の書きかけの紙を見つめた。


「出来るだけ早くに、造ってもらうしかないか……こいつを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る