幕間

 カイムら3人は日も上がりかけの早朝に出発した。その際、カイムは置き土産に数枚の書類とリザードマンの名前を残したのだった。


「"レナートゥス・シェンカー"……ね。まぁ、悪くは無いんじゃないかな」


「何だよ、もう少し誉めても良いんじゃないか?"マヌエラ"さんよ」


「"姓だけだと寂しいから"って何だね全く。私は頼んでないのに」


 カイムはリザードマン、レナートゥスだけでなくアルブレヒトにも名前を残していった。初めて得た名前を前に上機嫌で喜ぶレナートゥスの隣では不貞腐れたようにマヌエラがぼやいたが、彼女の表情にも嫌悪感は無かった。


「しかし、名前ってのも便利かもしれないな。呼びやすくなった」


「まぁ、確かにな……他の者も採用すべき制度だろうな?」


 喜ぶレナートゥスは笑いながら言うと、マヌエラもその言葉に頷いて同意して見せたのである。

 そんな2人が会話をしながら研究所に戻ろうとしたとき、北側から数頭の蹄鉄の音が聞こえてきた。その音源に向かって2人が研究所の北側に回ると、そこには馬に乗った全身鎧の騎士5人に護られながら馬を曳く1人の大男が近づいていたのだった。

 馬を曳く大男は鎧を全く着ていなかったが、生地が輝き滑らかさがすぐに見て解る上等な黒いジャケットやシャツにズボンを纏い深紅のマントを羽織る出で立ちであった。その格好に合わせて騎士達も黒い鎧を着けていたのである。

 出迎える為にやってきたマヌエラとレナートゥスが彼等へ向けて手を振ると、大男達は2人の前に馬を停めたり降りたりしたのだった。


「おぉリザードマン殿!久しいな。いやそうでもないか。まぁ、構わないな」


「クラウゼヴィッツ殿!1ヶ月は久しぶりには入りませんよ!」


「君は本当に変温なのかね?こんな早朝で何故に元気でいられるんだ?私はまだまだ眠いよ」


 レナートゥスにクラウゼヴィッツと呼ばれた男は彼と早朝でありながら快活に笑いあい、握手をしつつ互いの肩を叩きあった。そんな2人の朝から暑苦しい姿に呆れかえるマヌエラのぼやきを聞いたクラウゼヴィッツは、その瞳を青く煌めかせて大げさに驚いて見せたのである。


「これはこれはアルブレヒト殿!こんな早朝に起きていられるとは驚きですな」


「大げさ過ぎる。全く、表情がないからといっても少ししつこい気がするぞ。それに、公爵さまが領地を離れてこんな所に、少ない護衛で大丈夫かね?」


「我輩の部下たちは一騎当千の強者揃いですぞ!心配なぞ全く無いですな。何より医者の少ないこの時世に薬は重要。民の為なら自ら取りに行くは領主の役目ですよ」


 クラウゼヴィッツの冗談にマヌエラは耳に尻尾を大いに立たせた。そんな彼女は冗談の仕返しとばかりにジト目で皮肉を言うと、クラウゼヴィッツは広い胸を大きく叩いて自信に満ちた発言で返したのだった。


「狭い屋敷から散歩半分なんだろ全く」


 皮肉の効かなかったクラウゼヴィッツに、マヌエラは彼の言葉を聞き流して呟いた。

 その言葉に、ヘルムで表情の解らない護衛の騎士達は肩を落としたり、お手上げと身ぶりで示し彼女の意見に同意したのである。


「それはさておき、2人はこんな朝に何をしていたのですかな?おぉ、もしや2人で朝の散歩ですかなリザードマン殿やりましたな」


「おい!まだそうじゃない!それと、彼は今日からレナートゥス・シェンカーだ。わたしにも、アルブレヒトの前にマヌエラが付くように成ったからよろしく」


クラウゼヴィッツの言葉にレナートゥスは気まずそうに頬を掻いてはにかみ、マヌエラは更に毛を逆立たせた。

 そんなマヌエラの唐突な言葉に対して、クラウゼヴィッツは面食らったと示すように身をのけ反らせて見せたのである。


「改名に名付けですか!1度に2つとは、良く勉強されたのですか……」


「いや、私が付けた訳じゃないよ。名前なんて流石に習った事が無いよ」


 マヌエラの歯噛み悔しさの混ざる言葉に、クラウゼヴィッツは不思議と言わんばかりに首を傾げて見せた。


「それじゃぁ、一体誰が……」


「皇女様が召喚した勇者だよ」


「なんと!陛下は召喚に成功したのですか!」


 クラウゼヴィッツの疑問に対してマヌエラはすんなり答えた。その回答に彼は最初こそ驚くような身振りをしてみせた。

 だが、クラウゼヴィッツは直ぐに顎に手をあて呟くと考えているように見せたのである。


「しかし、名前を付けられる程の貴族を召喚ですか……噂になっているはずだろうに……何ででしょうな?」


「とりあえず会ってみるといですよ!あいつは面白いかも知れないですぜ」


 クラウゼヴィッツは軽い口調で語ったが、青い瞳の焔は彼の言葉の重さを表していた。その焔に怯えることなく、レナートゥスは微笑を浮かべながら彼に合う事を勧めたのである。


「まぁ……こいつの言うとおりだな。とりあえず会ってみるといい。私が思うに……彼、カイム・リヒトホーフェンは案外この帝国を救うかも知れないぞ」


 マヌエラはレナートゥスの袖を引き、施設の扉へ向かった。

 その途中にマヌエラは芝居がかってあえて振り返えると、彼女はクラウゼヴィッツにしたり顔で言い放ったのである。


「ほっほぅ、帝国を救う……か」


 薬は少し待ってろと付け足し、扉の奥に消えていく2人をクラウゼヴィッツは暗い眼窩の奥の焔を一層煌めかせて見つめた。

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