第三幕-5
ドアから部屋に入ってきたリザードマンの大男は、その顔に笑みを浮かべながらシャツの襟を正した。そんなの男の来室に眉間をしかめながら腕を組んだり腰に手を当てたりを繰り返すアルブレヒトの態度に、カイムはこのリザードマンが彼女の言っていた鍛治の友人だろうと考えたのである。
「すまんな!こいつは昔から気難しい猫でね」
「君ねぇ、人を猫か何かみたいに扱わないでくれるかな!後、少しは爪を切れ!引っ掛かるだろ」
歩みを止めないリザードマンは、尻尾から全身の毛を逆立たせているアルブレヒトの隣まで歩くとその頭を粗っぽく撫でまわした。そんな彼の笑いながら茶化す言葉に、彼女は優しく撫でる彼の手を勝に鬱陶しそうに払ったのだった。
「まぁ、君の言い分はわかったよ。それなら私達の革命の責任、とってもらおうじゃないか」
アルブレヒトはリザードマンの男に乱された髪を手櫛で直すと、天を仰いでため息を付くとカイムを睨みつけるように言い放った。
そんなアルブレヒトの言葉に満面の笑みをカイムが浮かべると、彼はアマデウスとブリギッテに何度となく頷いたのである。
カイムの喜びの表現に戸惑いながらも彼同様に笑みを浮かべる2人の姿を横目に見つつ、アマデウスはテーブルの上の概略図を手に取ると隣に立つリザードマンに渡した。
「造れるかは聞かなくてもいいだろ。"どれ"が"何日"で1丁が造れるかい?」
「拳銃ってのが楽そうだが、これはあんまり意味ないよな。必要なのは強い奴だろ?この……
リザードマンはアルブレヒトから概略図を受け取ると、彼女同様に図の上下左右を入れ替えながらよく観察し始めた。その状態のまましばらく黙っている彼にアルブレヒトが不敵に笑いつつ尋ねると、リザードマンの男は概略図を一通り見ながら顎に右手を当てて唸ったのである。
それでも、リザードマンの男は少しだけ自信の混ざる答えを図越しにアルブレヒトへ言い切ると、カイムは息を飲んだ。
「こいつを基準に他のを造る。全ての種類の試作品を完成させるには1月と半分かな。まぁ、やってみないことにはここまでしか言えん」
「炸裂薬を火薬に調整。雷管の調整。弾丸自体は、まぁ、多く見積もって10日かな」
「一種類につきか?」
「バカ言え!全部だ!」
リザードマンは片手を腰に当てながらアルブレヒトへ概略図を振りながら言った。その図に描かれていたのはボルトアクションの小銃であり、他にカイムが描いた概略図よりは部品数が遥かに少なかったのである。
腰の両手を組みながら首を傾げていたアルブレヒトはリザードマンの男の手から概略図を取ると、目を細めながら他のものも手に取りつつあれこれとめくり始めた。それらの図を見つめる彼女が弾薬について呟くと、すかさずリザードマンが茶化す様に笑いながら尋ねかけたのである。そんな彼の言い方に、彼女も直ぐに毛並みを逆立たせて言い返し、リザードマンは直ぐにアルブレヒトの逆立つ毛を頭の耳ごと撫で回したのだった。
「だが、量産を考えると苦しいな。いかんせん二人しか作業する者がいない。長期化は避けられないな……」
「鍛治ギルドに依頼するのは?」
「ダメダメ、それは無理だ。俺がこいつの依頼に応えてたから破門になった。俺が関わってるって知ったら協力どころか邪魔するかも知れない」
アルブレヒトは頭を掻きつつ乱れ髪を再び直しながら量産に関しての問題を呟いた。その呟きを聞いていたブリギッテが意見を言ってみたのだか、リザードマンは即座に首を横に振って見せたのである。
そしてリザードマンの説明を聞いたカイム達3人は顔を見合わせ、それを見たアルブレヒトは肩をすくめて"やれやれ"と言わんばかりに首を振ったのだった。
「私の才能にギルドの代表が嫉妬したのだよ。やれやれ困ったものだな私の才能にも……彼も彼だ。私の無茶を実現させられたら研究意欲も沸いてしょうがない」
「何だかなぁ。とにかくギルドはまずい」
アルブレヒトの言い訳とリザードマンの彼女の態度に呆れる反応を聞いていたカイムは、ふと何かを思いついたのか口を開いた。
「スラムの人々を動員できたらかなりの労働力に成るよな」
「確かに、かなりの労働力には成るよね。でもさ、その人達への報酬ってどうするの?」
カイムの思い付きに、アマデウスは納得したように頷いた。
現状の帝国経済はあまりにも絶望的なスーパーインフレを引き起こしていた。帝国政府が発行していた硬貨は度重なる戦争による金や銀の略奪によりその価値を維持することが不可能となり、生活必需品の確保には物々交換が基本とさえ成りかけていたのである。
カイムの提案はそんな理由から出てきた。
「スラムの貧民層を動員する。報酬は衣食住。仕事も家も食事もない彼らなら飛びつくだろうな」
「でも、食事はともかく住む所はどうするんです?お城には姫様がいます。いきなりスラムの人達が入ってきたら…」
カイムの案に尋ねかけたアマデウスは彼の回答を聞くと目を見張りながら頷いてみせた。
しかし、ブリギッテはそんなカイムのアイデアへ即座に指摘を放ったのである。彼女の意見は確実に的を射抜いており、彼も対策が思いつかないのか困った様に唸った。
「確かに、十数人ならまだしもな。城には入れられないとなるとなると……」
「ここか?!確かに部屋は無駄に多く設計したが、貧民層が大勢押し寄せたらさすがに溢れるぞ!」
「確かに人手は増えるけどよ、全員が素人だろ。粗悪品に成るのは困るだろ。俺は1人しか居ないから指導するにも手が足りない」
考える身振りをしながらその場で数回足を鳴らしたカイムだったが、暫くするとその視線をアルブレヒトに向けた。その視線かいつまでも彼女からぶれることなく止まっていると、自然にカイム達3人の視線がアルブレヒトに集まったのである。
そんなカイムの視線と駄目押しの一言に全てを察したアルブレヒトは、真っ直ぐ刺さる視線を受けても振り払うように反論した。その意見はザードマンも同意するように頷き、彼も苦言を呈した。
「とはいえ……これが無きゃそもそも何も始まらんしな。不味いぞ……」
「なら段階的に人を増やせば良いんじゃないですか?この銃器の作り方の手順が分かれば言い訳だし。最初の人が次の人に、その次の人がってやれば良いと思うよ。造るための機材とかも少しづつ増やせばいいし、いざとなれば最初の段階で他にも拠点を作れば良いしね」
事態の硬直化を前にカイムが独り言を呟きながら顎に手を当て考えていると、わざわざ手をうちながらアマデウスが名案だとばかりに発言した。
その発言に真っ先に反応したのは、カイムではなくリザードマンだったのである
「成る程な、俺は納得した!住む所もこの近くに少しずつ増やせばいいしな。工場町でも出来そうだ!よし、久しぶりに賑やかに成るな!」
リザードマンは納得したように大きく頷くと、仰け反るほどの大声で笑いだした。そんな彼の肩で笑う楽しげな態度を尻目に、アルブレヒトは反論してもどうにもならないことを理解してただ無言で渋々という具合に頷いて受け入れた。
「でも、この銃器って私達が使うんですよね。量産するにしてもそんなに量は要らないんじゃ……?」
「いやいや、違うよブリギッテ。これは……私達以外の人達にも大いに使ってもらう」
今後の方針が固まり始め量産の体制について相談を繰り広げようとするカイム達4人に、ブリギッテはふと腹の底に湧いた疑問を彼へ尋ねた。
そんな彼女にカイムは一瞬だけ口籠るも訂正を入れると、ブリギッテは驚いた表情を彼へ向けたのである。
「私は、この帝国に新たな、私の軍隊を設立しようと思ってるんだ」
「それも貧民層の人達を動員するんだよね……?」
「勿論だ。言い方が良くないがな。彼らに職を与えて働いてもらい、彼らは報酬を得る。荒事に巻き込むかもしれないが、どのみちこのままでは共倒れだ。仕方ないし、彼らも納得するはずだ」
カイムはブリギッテの疑問に対して自分の先立った目標を言った。その目標にアマデウスは深く息をつきつつ補足すると、カイムは肯定するように頷き続けた。
そんなカイムとアマデウスの返答に、ブリギッテは口こそ開いたが何も言わずに顔を背けて黙ったのである。
「とにかく、事は始まった。後は成るように成る」
アルブレヒトの一言でブリギッテは完全に発言する機会を無くしたのだった。
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