帝国再興記~Gartschlands Gloria~

第三幕-4

「随分嫌われたみたいだな。敵意が無いのは分かるだろうに」

　自身の瞳をまるで全て見透かしているとでも言いたげに見つめるアルブレヒトを前に、カイムは出来る限りの虚勢で対抗した。

「おっと、勘違いしないで欲しいな。私は君の事を敵視している訳じゃないんだ」

「それなら……一体何だって言うんです？」

　だが、アルブレヒトは一瞬目を見開き肩を震わせたカイムの姿に目を閉じ頭を抱えると薄ら笑いを浮かべて呟いた。彼女の言葉にカイムは何とか虚勢を張り続けようと肩をすくめて言ってみせたが、そんな彼の態度にアルブレヒトは気取った仕草をしながら両手を合わせて指を数回叩いて見せたのである。

「考えてもみたまえ。この世界でない異世界から来た勇者殿が、なぜ我々を助けてくれるのか。この世界よりよっぽど良い世界から来たのに、返してくれとも言わないんだから。劣った文明で有る以上あまり良い見返りはない。となれば、それでも救おうという言うならそれは無償の善意だ。無償の善意ほど怪しい物はない」

　アルブレヒトはカイムの瞳をまっすぐ見つめて語ってみせた。その正論にはカイムも直ぐに返答することはできず、思わず言い返そうとした口から閉じながら苦笑いを浮かべ、頭を掻いたのである。

　カイムの困り始めた姿にアルブレヒトはしたり顔になるとブリギッテの側に歩み寄り、彼女の足に手をついてから寄りかかった。

「君達だってそう思うだろ。唐突に助けてくれると言われているんだよ。少しは疑っても良いんじゃないかな？」

　柱か何かのように扱われるブリギッテが目を細めるのを無視して腕を組み尋ねかけるアルブレヒトに、アマデウスは黙ったまま腰に手を当て瞳を閉じながら天を仰ぐカイムと打って変わってその手を忙しなく振りながら彼らの間に咄嗟に割って入った。

「確かに彼は異世界から来た人物です。でも彼はこの世界を救おうと行動してるんですよ」

「その行動に裏があるとは思わんのか！大方名前を付けてくれたからいい人とか考えてるんだろ、単純過ぎるだろ！どうなんだい騎士どの？君も名前を付けられてころりと信用したのかね？」

　だが、無策で飛び込んだアマデウスの薄い反論にアルブレヒトは、待ってましたとばかりに彼へ指を差し早口に捲し立てた。

　その指先と彼女の持論にアマデウスは言葉を詰まらせたが、アルブレヒトは直ぐに矛先をブリギッテに変えたのである。当然、いきなり話を振られた彼女は言葉に迷い図星を突かれたような顔をしながら背けた。

「でっ、でも、悪い人には感じません」

「それは吸血鬼たるファルターメイヤーの魔眼の力かね？」

　か細い声でブリギッテはアルブレヒトに反論したが、満足げな顔を浮かべる彼女は全く聞く耳を持たなかった。

　それどころか、棘のある吐き捨てるかのような口調で尋ねかけるアルブレヒトに、ブリギッテはただ唇を噛んだ。彼女の表情は劣等感と怒りが混ざりあった物だったために、ブリギッテの顔をもろに見上げるアルブレヒトはばつの悪い表情を浮かべたのである。

「すまないね。姉さんがいたら危うく不敬で首を斬られていたかな？まぁ、少し言いすぎた。熱くなりやすいんだよ、私は」

　アルブレヒトは直ぐにブリギッテに預けていた軽い体重を引き受けると、彼女の前に立って頭を掻きつつ頭を下げた。

「成る程…確かに、これじゃあ帝国は崩壊する訳だ」

　アルブレヒトの軽口によって瞬く間に悪くなった室内の重苦しい沈黙にカイムは耐えられなくなり口を開いた。それは呟くほど小さな声であったが、少なくともこの場にいる全員の耳に入ったのである。

　そして、カイムへ全員の視線が向いた。

「見ろよアマデウス。これがお互いに助け合おうという感情の無い人間の末路だ」

「何だと？」

　カイムは明確にアルブレヒトを指差しながら言った。彼女が反論、もとい怒りの言葉を少し口に出すとカイムはそれを遮る様に腕を振り話を続けた。

「このガルツ帝国は憐れだ、可哀想としか言いようがない。ヒトやエルフ、ドワーフに何ども侵攻されながら平民貴族だのといったしがらみで自滅の一途。こんなに滅茶苦茶に成ったというのに、力有るものは南に引きこもり世界一の技術だ何だと言っている奴は森に隠れてこそこそしている！」

　舌三寸で大口を叩くのはカイム、もとい彼が品川敬一であった頃からの特技である。昔から彼は話が長かった。そのためプレゼンテーションや研究発表等を押し付けられていたために度胸と演説力が無駄に高かった。

　だからこそ、現状の逆境はカイムにとってむしろ腕の見せどころなり、彼なりの覚悟と言葉が湧き上がったのだった。

「誰がこんな所に好き好んで居るものか！お前に何が解る！他所の世界から来た奴がでかい口叩くな！」

「なら何故声を上げない？どうしてみんなに復興活動を呼び掛けない？これだけの技術力が有れば、首都は再び華々しい場所に生まれ変わっているはずだ。だが、いまだに首都は廃墟ばかりだ！」

　だが、突然一方的に話し出すカイムの言葉にはアルブレヒトも我慢の限界になり、彼に対峙すると話を遮り自分の有利な流れにしようと弁を奮ったのである。

　言い返すアルブレヒトの言葉を受けたカイムだったが、それでも反論を許さないような強く少し早い口調で捲し立て、振り上げた拳を力強く下げながら３人それぞれに指を差した。

「アマデウスは彼女の事を知っていた。少なくともこの国を復興出来るほどの技術を知っていた。だが何もしないし何も言わなかった。ブリギッテは皇女の側にいながらに統一ばかりで民衆を忘れた彼女に何も言わなかった。そして貴方だ」

　カイムは2度も3度もアルブレヒトを指差した。

「貴方も先ほど大口を叩きましたね世界一の技術だと。ならその技術をバカな貴族達に見せつけて、復興を促すことも出来た。いや、この施設を見る限り貴方の仲間も居れば貴族さえ必要ないかも知れない。無能な貴族が無数に居ても、優れた奴の１人や2人居るはずだ。自然に協力してくれるはずだ。それでも、この国は潰れたままだ」

　語るカイムは1人で大げさに両手を広げた。その額には若干汗が流れ、必死に紡がれる言葉は怒涛のように空間を支配しているのが彼には解った。

　勢いに乗ったカイムの口は止まることを知らなかった

「単純だ。誰も何とかしようと行動しなかったからだ。いや、行動出来なかった。理由なんてありきたりなはずだ」

　そんなカイムは、語りながら再びアルブレヒト達それぞれを指差した。

「"誰かが何とかしてくれる。耐えればいつか何とかなる。私以外の誰かが"と、考えてるんだろう。この国全ての人間が誰かに救国を任せようとした結果が今だ」

　カイムは自身の胸に手をあて、雄弁を続けた。

「私の国は、かつて大国と戦争をした。国力差は30倍なんて目じゃないくらいだ。だが、国の発展と先進国の戦力に負けないよう努力を重ねて、その差を嘘のように覆した。しかし、結果は敗北した。だが、国民は何より強かった。焼け野原を建て直し、工業力を取り戻そうと多くの技術を吸収した。いつしか国は周辺の国を圧倒的に凌駕し、戦前を越える力を持って甦った！」

　カイムは胸に当てていた手を開き３人に向けた。そして、力強く握り拳を作ると自分の立つ地面を指差したのである。

「この帝国もかつては私の国と同じだった。焼かれた田畑を取り戻し、街を建て直し、何度だって甦った。確かに首都が堕ちた事は今まで無かった。だが、力強い国民はまだ生き残っている。甦れるはずだ。国民が動けないのは、彼らの、君達の行動の責を負える人間が居なかったからだ。もしかしたら私の行いが国を崩してしまうと恐れるからだ」

　身振り手振りに語気の強弱、目まぐるしく脳裏を流れる即興の台本を語り続け息を荒くしたカイムは、文節が一段落したところで一度深呼吸をすると背筋を正した。

「私は二度、この世界で悲しみに涙を流す少女を見た。復讐に燃える虚しき涙、そして飢えに苦しむ涙だった。男として、それを放置はできない。私は知った。この帝国に無数に苦しむ人々の事を。ならば、私が責を負おう。偶然であっても、知った以上は放置できない！」

　カイムは敢えてアルブレヒトを一瞥した後、その場にいる全員を見渡しながら言った。

「即物的な理由が必要なら付けたそう。私がいた世界は平和そのものだった。だからこそ、こんな舌先三寸で生きている小物がそうそうのし上がるのは難しい世界だった。だからこそ、せっかく得られたこの力で登れる所まで登りたい。富に名声、さらに国を救う英雄になれるかもしれない！これを欲さない男はいないだろう」

　カイムは最後に高らかに拳を上げ、振り下ろした。

「だからこそ救うのだ、だからこそ、皆の助けが要るんだ！」

　口の回る限り話続けたカイムは、肩で息をしながらようやくその弁を終わらせると手近の椅子に深く腰を下ろしたのであった。

「これが今言える全てです」

　唐突に長々と話始めたカイムに全員が唖然とした。発端のアルブレヒトさえも、"何を言えば良いのか解らない"とばかりにアマデウスとブリギッテへ視線を送った。

　すると、沈黙の流れる部屋の入り口から突然男の野太い声がしたのである。

「アルブレヒト。言ってる事滅茶苦茶だが、俺はとりあえずこいつがやる気なのはわかったぜ」

　全員が視線を向けると、そこには身長は180cm近い大きな二足歩行のトカゲが立っていた。シワだらけのシャツにサスペンダーで吊ったズボンを履いているその男に一瞬面食らったが、カイムは直ぐにファンタジーのリザードマンと理解したのである。

「異世界から何だか知らんが、面白そうなら良いじゃないか？国を救った１人に成れるんだろう？良いじゃねぇか俺はのった」

　リザードマンは左手の手のひらに右拳を打ち付けた。

「それで。俺は何を作れば良いんだ？」