第三幕-3

 魔族がヒトやエルフ、ドワーフに敗北したのは、何より魔法の有無が一番大きい。それを示すように、現在の魔族が使う武器と言えば剣と槍、弓矢などであり防具は楯や鎧という嫌でも接近戦を行うしかない状態なのである。

 だが、ヒトやエルフは魔法を使い遠距離から攻撃し魔族側の足並みを崩して、そこに魔法の力で性能の上がった武器で攻撃するのである。そのような攻撃を受ければ、当然ながら魔族の軍は敗走し、これまで敗北を重ねてきたのだった。

 カイムの結論としては、魔法のあるなしにかかわらず無数の弓兵のような距離を取って攻撃できる兵達の援護の下で剣を持った部隊が攻撃してきたら、味方の被害は甚大になるということである。なにより、彼の元々生きていた世界でも如何に接近せずに敵を制圧するかという点は戦史の課題となってきた。その課題は現在の帝国にも共通している。

 その問題の答えを帝国が弓兵を増やすとしたのに対して、カイムはこの世界に新たな装備をを生み出すということにしたのである。


「これが……秘密兵器?」


「剣でも……盾でもない……」


 アルブレヒトは、訝しげに眉をひそめながらテーブルに広がる概略図を覗き込んだ。彼女と同様に不思議そうに概略図を見つめるブリギッテの言った通り、弓や魔法の範囲を越えて攻撃できる兵器についてカイムは概略図に描かれる新たな概念以外には思い付かなかった。


「まず第一に重要なのは、この銃弾が作れるかどうかです。この銃自体には攻撃力は全くない。この薬室と呼ばれる部分に銃弾を装填し弾丸を射出する。そうすることで、弓や魔法より離れた距離から攻撃できる訳です」


 カイムはアルブレヒトが手に持って眺め始めた概略図の一部を指し示し説明を始めた。彼の指差す先に描かれていたのは細長い弾倉に折り畳み式の銃床が装備された短機関銃であり、矢印を引きながら各部の描き込みが至らぬ点を補うカイムの下手なりの必死さが伝わる描かれ方なのだった。


「成る程……薬莢と言うやつに……火薬、というのは破裂薬と違うのか?」


「破裂薬がどんな物か解らないですけど、弾丸を跳ばせて薬莢や銃身が壊れなければ大丈夫です」


 手に持って上下や左右を変えて見つめていた概略図を再びテーブルに広げ眺めるアルブレヒトの疑問に、カイムは若干言葉に迷いながらも即答した。彼からすれば銃器の効果は十分すぎる程理解しているが、その概念がないこの世界の住人にとっては初めての銃器との邂逅なのである。

 だからこそ、カイムは何としてもこの銃器の性能を納得させなければならなかった。それだけ、帝国の国防や軍事改革に銃器開発が必須と彼は考えていたのである。つい最近召喚されたばかりであることに英雄として召喚されたという立場や名前の件で怪しさがあるからこそ、彼は信用を得る為にも言葉に淀みや曖昧さを残してはいけないと考えていた。


「この雷管というやつは発破剤で代用できるな。問題は火薬か……破裂薬を改良すればできるかな?」


 アルブレヒトは1人呟きながら概略図をめくっていた。

 他のページには薬室やボルトのおおよその構造やライフリングの説明等が書かれている。アマデウスの荷物には拳銃やボルトアクションライフ、自動小銃などの概略図が入っており、興味を示した彼女は全てを取り出すと今ではテーブルを所狭しと広げられていたのだった。


「確かにこれは強力だ。全ての距離で、できるだけ接近せずに相手を倒せる。技術的にも、私なら作れないことはない」


「それなら、是非量産を……」


 顎や耳の裏を撫で何度となく唸るアルブレヒトの言った内容に、カイムとアマデウス互いに笑みを浮かべた。

 そんなアルブレヒトの言葉に安心したカイムが手を差し出しながら依頼をかけようとしたとき、彼女はその手を睨み険しい表情を浮かべながら彼を見つめたのである。


「しかし、よくこんな物を思い付いたな。帝国の人間なら思いも付かないだろうな……」


 カイムに投げかけるアルブレヒトのその言葉は、棘の有る嫌味な言い方だった。


「拳銃とやらが1つならまだしも、何種類有る?これをたった1人で思い付いた?無茶苦茶だろうそれは。アマデウスだっけ?彼が協力したとしても本来何年掛かるか私にも見当付かない」


 そこまで言うと、アルブレヒトはイスから下りて歩き出し大型のコンピューターの前に立った。


「君には説明不要なのだろうけど、敢えて、連れの2人のために言おう。こいつは電気式計算機だ」


 アルブレヒトは巨大な箱ののようなコンピューターを軽く叩きながら両手を広げながら大仰に語り始めようとした。


「機械式とは違うんですか?」


「おぉ、騎士君は機械式計算機を知っているのかね?」


「昔、ファルターメイヤーの倉で見たことが……」


「そうか!なら、細かい説明は省こうか」


 アルブレヒトが話を先に進めようとする中、銃器の話が始まってから黙り続けていたブリギッテが急に口を開いた。それに首だけで振り返る彼女は、自分の肩越しにブリギッテの疑問に疑問で返したのである。

 そんなアルブレヒトの問いかけにブリギッテが答えると、彼女は満足そうに頷いて呟いた。


「かつてこの帝国、いやガルツ帝国は富と繁栄に伴い高い技術力が有った。だが、ヒトやエルフの侵攻は富を奪い、街を焼き、文化を崩し、技術を腐らせた。この死にかけの国で、自慢じゃないが最も技術的に発展してるのはこの一室だけだ。断言できる。ヒトの魔法技術にも引けを取らない」


 演技ががった動作で振り向きアルブレヒトは喋りながらも、ゆっくりとカイムに近づきテーブルの脚に寄りかかった。身長から体勢は全く様になっていなかったが、カイムは目の前の少女の外見をした錬金術師の腹の読めなさに不思議と恐怖を感じ始めたのである。


「君は玄関の呼び出し装置にも驚かないし、電球にも何も感じなかったんだろ。多分だが電気の存在やそれをエネルギーにここの物が動いていることも理解してるんだろう?」


 ゆっくりとカイムの目の前の立つと、アルブレヒトは彼を見上げなから言った。


「私はあの電気式……いや君の所ではコンピューターというのかな。あれを完成させるのに何年掛かったか解らない。だが君はあれを知っている。別の名だが知っている。この国に有る最先端を知っている。南部の辺境に住んでいる人間がか?あり得ない。そもそも南部の人間なのに何でRの発音に巻き舌がない?」


「そっ……それは……」


 カイムは最早言い訳が思い付かなかった。だが、ちょっとした彼の呟きにさえアルブレヒトは指を指して指摘した。

 何も言えないカイムの沈黙が、彼の身元や思考、言動の怪しさを引き立てたのである。

 "言語がどうして理解できるのか"や、"読み書きについて"は魔王の体の機能だと考え便利程度に考えていた自身をカイムは嘆いた。彼は言語の訛りは把握してなかった。

 だが、カイムが助けを求めアマデウスを見てみても、彼も彼で顔を青くしていたのだった。


「反応を見るにアマデウス君は知っていた訳だ。まぁ、首都に南部の人間なんていないのだから誤魔化せた訳か。ヒトに対抗しようとしている所や、魔法を使えない辺りからファンダルニアとかから来た訳でもない。魔族の体だからなのかも知れないが、ヒトやドワーフ、エルフが自分の同胞を殲滅する方法をわざわざ考えるとは思えない」


 話しながらアルブレヒトはブリギッテの隣まで歩き、カイムとアマデウスを見つめて言ったのである。


「君はこの世界の住人じゃないな。何が目的だ、異邦人君?」

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