第三幕-2

「アマデウス、あれ出して」


 カイムはアマデウスに持たせていた荷物を指差した。その荷物には麻の袋に入った長細いものがいくつか刺さっていた。

 荷物は本来はカイムが背負っておきたかったものだったのだが、スラムで遭遇した一件からアマデウスか彼が動きやすくなるために"僕が持つ"と言い始めたのである。そんな主張の一点張りにカイムが負けた結果、残りの道中は全てアマデウスが背負っていたのだった。

 そして、カイムの指示を聞いたアルブレヒトは、頭部に生えた2つの耳を素早く動かすと緑の瞳を細めつつアマデウスを見詰めた。


「カエル執事君。君、名前有ったなら教えてくれてもいいんじゃないか?」


「いやぁ、最近付いたばかりなんですよ。アマデウス・ルーデンドルフっていうんです。カイムに付けてもらったんですよ。」


 目を丸くするアルブレヒトの一言に、アマデウスは頭を掻きながら照れ臭そうに笑って答えた。

 だが、一方でアルブレヒトはアマデウスの名前を聞くとその眉間にシワを寄せたのである。


「アマデウスルーデンドルフ?アマデウス=ルーデンドルフかい?貴族婚でもないのに二重名かい?」


 不思議そうに言ったアルブレヒトの言葉に、アマデウスは笑顔のまま固まった。

 それまで、アマデウスは名前を付けられたことに喜んでいたが、カイムに何度か姓と名の概念による他の人物達への疑念について文句を言っていたのである。

 だが、その指摘していたアマデウス本人が自分で危機的状態を作りかけていたのだった。


「南部だとそういう付け方を勝手にしている辺境が有るんです。自分を表す名と、一族を表す姓に分けるんですよ。言いたくないですけど田舎者なんですよ。自己紹介遅れましたね、私はカイム・リヒトホーフェンと言います。以後ともよろしく」


「南部辺境の、カイム・リヒトホーフェンねぇ……」


 アマデウスの一瞬の沈黙が室内に冷たい緊張を走らせかけたとき、カイムの早口で場を流すようにフォローを入入れたのである。それにアマデウスも慌てて何度も頷いて見せると、それを聞いたアルブレヒトは口をへの字に曲げた。

 自己紹介された名前をアルブレヒトが怪訝に呟くなか、カイムの横で荷物を背から降ろすアマデウスに目を向けた。彼の目配せを受けたアマデウスは、少し慌てながら荷物を漁る手を速めた。


「あれって言っても……どれにするんだい?僕が勝手に決めたら不味いんじゃ……」


「どれでも良いよ。結果は同じだから」


 荷物中身は畳まれたり巻かれたりした紙がほとんどであった。そのため開いてみてみないと全てが同じものに見える。そのために、荷物の中身を掻き分けながら尋ねるアマデウスに、カイムは少し急かすように答えたのである。


「これで良いや!」


 カイムの一言やブリギッテとアルブレヒトの視線を前にしたアマデウスが呟くと、彼は勢い良く荷物の中から一本の包みを取り出した。


「何だねカイムとやら君、それは?紙かい?薬の調合や効能とか書いてあるには大きすぎるね」


 アルブレヒトは自分と同様にアマデウスが持つ折り畳まれた紙へ首を傾げるブリギッテを無視しつつ、カイムへ疑問を投げかけた。彼女の疑問に、カイムはアマデウスから紙を受け取りつつ荷物から伸びる紙の筒も取り出したのである。

 その紙を縛る紐を取ろうとした時、カイムの手は突然に止まった。


「アルブレヒトさん……説明を始める前に、いくつか聞いておいてもいいですか?」


「何かな?答えられる範囲では答えるよ。スリーサイズと年齢は絶対に教えないから。女性には知られたくない事がいっぱい有るからねぇ」


 カイムの一言は、アルブレヒトを真っ直ぐ射抜くような視線と共に投げかけられたのである。そんな彼の視線と前置きに、彼女は目を閉じ俯きながら手を差し向けて話を続ける様に促した。それだけでなく、彼女は俯いていた顔に不敵な笑みを浮かべながら上げて、軽く冗談さえ言ったのである。

 だが、アマデウスの言葉に沈黙という驚きで返したカイムに彼女は恥ずかしさで頬を染めた。


「済まない普段つるんいでる奴の影響だ続けてくれ」


「あなたは、失礼かもしれないですが敢えて言いますけど小柄ですよね。壁の物とかこの建物とかはあなたが作ったんですか?」


「私はご存知錬金術師でね。頭は回るが力は女と言うこともあるが、騎士殿と違って弱くてね。設計とか理論は創るが、造ったのは別だよ」


 気恥ずかしそうに笑いながら早口でカイムに説明を始めるよう促すアルブレヒトだったが、カイムは軽く咳払いをしながら彼女に疑問を投げかけた。それに対して、アルブレヒトは耳を立てながら快活に笑い自分を指差して答えたのである。


「その人はどれくらいの事をどれくらいの技術で出来るんですか?」


「成る程、君の依頼は薬品ではないが理論と技術のいる……予想だが武器の類いかね?切れ味については研究したことがないが……剣くらいならこの首都で彼の作品以上の品は無いよ。断言できる。少なくとも彼は今までの私の無理難題や要望に付き合ってくれた最高の友だ。この研究所だって動力含めて彼が……」


 そんなアルブレヒトの言葉を聞いて、カイムはその答えの中にあった疑問についての質問をした。

 さながら犬のように尻尾を振りながら話していたアルブレヒトだったが、言葉に力が入り話が熱くなり始めた途中で話を止めると、苦笑いしながら頭に手を当てたのだった。


「すまない、話しすぎたかな。彼にもよく言われるんだお前は話が長いってね」


 話の途中で猫背になっていた姿勢を正すと、アルブレヒトは咳払いをしつつテーブルの上のピッチャーからコップへ水を注ぎ、それを一気に飲み干した。


「とにかく内容はまだ知らないが多分たいていの事、鍛治でも木工でも高度な技術で作れるよ」


 アルブレヒトのその言葉を聞くと、カイムは安心した表情を浮かべながら頷いた。


「この事は他言無用でお願いします」


「内容による。ヤバい物なら君らを追い出し2度と関わらない。面白そうなら話を聞く。私の信条は人生を楽しくなんだよ」


 神妙な表情で言うカイムの言葉に、アルブレヒトは少し考えながらも頷くと話を再開するように促したのである。

 それでも、アルブレヒトは自分の信条を付け加えると、彼女の話を聞いたカイムは大きく一度頷いて右手に持つ紙の筒を左手に打ち付け巻きつけられた紐を取りテーブルに置いた。


「それなら、きっと楽しいですよ……」


 カイムは笑いながらテーブルの狭いスペースいっぱいにその紙の筒を広げた。


「何しろ帝国最大の秘密兵器の概略図ですから」

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