第三幕-1

 カイムは1人驚愕した。

 彼は古風な街並みや古い遺産を遺した観光地等によくある、現代技術とのチグハグを人生で数回の旅行にて感じたことがある。

 だが、カイムは突然に地下に水道管もなく電線もない、薪で火力を賄い蝋燭で明かりを灯すこの世界でインターホンに出会ったのである。当然ながらその驚愕は凄まじかったが、長い廊下を歩いて気付いたエジソン電球により、彼は驚愕する感情に限界が訪れ逆に冷静になってしまった。それと同時に、カイムは研究所の様なかなりの技術が有るにも関わらず、ヒト族に敗北を続けている帝国という存在そのものが理解出来なくなった。


「なぁ、アマデウス。何なのこれ?この国ってこんなに技術力が有ったのか?」


「いつも玄関口で薬を受け取ってるだけだから……中に入るのは初めてだよ……」


「そんな事聞いてないけど……まぁ、ここが凄いのは解ったよ」


 帝国のこれまでの歴史と眼の前にある技術力が全く噛み合わないカイムがアマデウスへ問いかけたのだったが、彼は口を半開きにして声無く驚き、上の空で答えたのである。その2人の後ろを歩くブリギッテさえ目を丸くしており、3人は廊下を見回しながら先へ進んだ。

 驚く2人の反応を前に、この研究所は帝国の中でもかなり異質な場所なのだとカイムは理解した。それと同時にアマデウスの反応へカイムはおざなりに返事をすると、後ろを振り返り廊下の明かりを見詰めるブリギッテに気付いたのである。


「この明かりはランプですか?でもランプよりすごい明るい……」


「白熱電球だよ……かなりの古いタイプだけど……」


 振り返ったカイムへブリギッテが灯りへ指を近づけつつ尋ねると、彼は彼女の手を止めさせるように首を振りながら答えた。その返答に彼女は目だけで前を向くカイムの後ろ姿を見つつ、伸ばした手を戻した。

 ブリギッテの呟きにふと敬一に戻り答えてしまったカイムは、すかさず反応した渋い顔をするアマデウスから脇腹を小突かれたのである。

 そんなカイムは敬一に戻りかけた意識を押し戻すと、一瞬だけ振り向きブリギッテを肩越しにみた。だが、彼女すでにそれとなく周りを珍しげに見回していたのだった。

 そんなブリギッテの反応に安心すると、カイムはこの工房が電気を自家発電してる事に気付いた。


「他の二人と比べて驚きが薄いな、君は…」


 研究所のオーバーテクノロジーに感心して意識が緩んだカイム達の真横から唐突に声が響いた。声質の妙に高い独特な声を聞いた3人が横を向くと、そこには先程まで壁だった所に暗い部屋が広がっていた。中はもちろんエジソン電球が使われていたが、部屋の大きさに対して1つのみであり、不自然に暗いのである。

 それでも、部屋の中は何も見えないほどに暗いという訳ではない。それは、部屋の壁に面して並んでいる黒い箱に小さいランプが無数に付いているからだった。


「コンピューター……」


 カイムは目の前の光景に思わず呟いた。

 7から8mと横に長い部屋の壁を埋める物をカイムは嘗て見たことがある。それは彼の生まれた世界の生まれた年から遥か昔に発明された電子計算機、つまりコンピューターであった。

 さらに、そのコンピューター本体ては別に印刷機までも設置されており、印刷口からはさん孔テープが乱雑に床へ延びていたのである。


「どうもアルブレヒトさん、急にやって来てすみません」


 カイムが壁のコンピューターをみてコロッサスという名前を思い出した時、側に立つアマデウスの明るい声が響いた。その声によってカイムがアマデウスの姿を見ると、彼は視線をかなり下に向けてカイムの足元に話しかけていた。


「この方が錬金術師さんですか……」


 それはブリギッテも同様であり、2人は顔を下に向けてカイムの足元へと話しかけたり呟いたりしたのである。


「この距離でされると角度がついて嫌だけど…見下げてごらん」


 自分の足元から響く声に従ってカイムが視線を下げると、部屋の敷居を挟んで反対に小さい女が彼を見上げていた。

 短い三毛猫の様な髪の頭からネコ科の生物のような耳、うっすらと残るクマで目元は幼い顔付きを鋭くしていた。腰より少し下に穴が有りそこから尻尾が伸びていズボンとシャツに白衣という見た目は、子供が背伸びして大人っぽい格好をしているようにも見える。


「ふむ。君は後ろのものより私の方が奇妙かね。面白い反応だ」


 アルブレヒトと呼ばれた錬金術師はカイムを見てそう言うと、3人を部屋へ来るよう手招きをした。薄暗いコンピューターの置かれた部屋にはよく見ると扉があり、その奥に入るとそこは比較的小さめな天井用ランプに本や紙が置かれたテーブル、食器の並ぶ机に椅子が並ぶ客間だったのである。


「まともに客を入れられる部屋はここぐらいしかないんだ」


 アルブレヒトは、部屋の中心にあるテーブルの上に積み上げられた本や大きな設計図らしき無数の紙を無理矢理に押しのけると、無理矢理にスペースを作った。


「お茶なんて良いものうちにはないけど、みんな水で良いかな?」


 愛想が無いながらにも気を利かせようとするアルブレヒトの行動に、3人は無言でお互いを見合うと代表してブリギッテが頷いた。


「アルブレヒトさん。実は……」


 アマデウスが言いかけると、アルブレヒトは自分の口元に左手人差し指を当て彼を黙らせると、カイムを右手で指差した。

 見た目が幼い子供の様である分、カイムから見るとアルブレヒトの行動は色っぽさの欠片も感じなかった。そんなカイムの考えを感じ取ったのか、アルブレヒトは若干不貞腐りなかがらもう一度カイムを指差した。


「君は……城の姫様の勇者だろ。話には聞いてるよ。騎士1人を壁ごと吹き飛ばしたとか……そんな君が来たということは何か面白いことか、厄介事か……」


 アルブレヒトは気取った身ぶりで両手を広げながら言うと、ゆっくりと椅子に座った。その変に気取った行動にカイムは白い目でアルブレヒトを見ると、若干頬を恥ずかしさで染めながら彼女は咳払いをしたのである。


「カエル執事君が急いているということは、多分だが厄介事かな?水も要らない程だとな……」


 アルブレヒトはテーブルの上で肘を突き、両手を組んでカイムとアマデウス、ブリギッテをなぞるようにに見つめた。


「勇者君、一体私に何を作れと?」

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