第二幕-6

 紆余曲折を経てカイム達3人はスラムを通過し、ようやっと帝都外周へとたどり着いた。そこから見た帝都郊外と呼ばれる土地は、道こそあれど殆ど草も生えていない平地が広がっている。その道でさえ舗装されている訳ではなく、人の歩みによって踏み固められたものであり、その踏み固められた道がテントや小屋の広がる街と荒野を別けていた。

 その荒野の遥か先には森があり、その中心に不自然な塔が建っていた。その塔の不自然さは頂上から上る白い水蒸気の様な煙が伸びているからであり、鬱蒼とした森の中にそびえ立つということが一層の不気味さを与えていたのだった。


「あれは……煙突?ここからあれだけ小さく見えるなら、まだ距離があるな」


「まだまだ歩くよ……そして……あそこが……僕達の目的地の……アルブレヒト工房だよ」


 カイムの疑問にアマデウスは息を切りながらゆっくりと答えた。

 アマデウス曰く、アルブレヒトは貴族の分家の生まれであったが、錬金術を学んでから実験ばかりしていたのである。そのため貴族と結婚をさせようとした親族をその技術で撃退したために家を追い出され、人里離れた森の奥に住んでいるとのことだった。

 そんなアマデウスの説明とカイムの知識を摺り合わせると、2人はこの世界の錬金術が科学と同意であると、結論付けた。その分野において秀でているということで、アマデウスはアルブレヒトを帝国内の重要人物とした。

 だか、カイムはアマデウスの話を聞くアルブレヒトという錬金術師が彼の言う程に必要性があると感じなかった。というのも、この世界で生活し始めたカイムには、帝国社会において科学技術という概念はまだ導入さえも怪しい段階と思えたからだった。

 そんな考えをしていたカイムだったが、眼の前に煙突や白煙を見たことでその考えを改める気になった。


「あれは……コンクリートか……?」


「言ったでしょ?必要だって」


 カイムが見た範囲ではあるが、城の周りに広がっていた帝都という名の廃墟の街にはレンガの建物が殆どを占めていた。

 だが、カイムの視界の先にある錬金術アルブレヒトの工房から伸びる煙突は、外見こそ完全に鉄筋コンクリート製にしか見えない代物である。

 そんな、文化レベルに合わないオーバーテクノロジーの一部を見せる目の前の施設に驚愕するカイムへ、アマデウスはそっと得意気に耳打ちした。


「ところで2人は何で錬金術師さんに会いに行く事にしたんですか?」


 1人で得意げになるアマデウスに納得いかないとばかりなジト目で睨むカイムへ、ブリギッテは何気なく質問した。その質問への返答に、カイムは少し困ったのである。彼等がアルブレヒトを訪ねようとする目的は、下手に深読みされるとブリギッテやカイムの本性を知らない者達へ誤解を招く可能性があったからだった。


「これから必要になるものを作って貰うんだ。細かいことはまだ説明出来ないけどね」


 だからこそ、カイムが誤魔化す様に笑って返答すると、彼女は太めの眉をひそめながらも軽く相槌を打った。

 カイムの返答以降、会話を途切れさせながらも荒野をひたすら歩いた3人は森の中の工房へとたどり着いた。眼の前の建物を立ち止まって見つめるカイムだったが、彼の目からも工房は明らかに街の建物と異なっていた。

 というのも、窓や扉こそ木製ではあるが、カイムには眼の前の建物が工房と言うよりは立派な研究所と見えたのである。


「何か懐かしい気がする」


 煉瓦造りの城で過ごし、同様の造りの街並みばかりを見ていたカイムは、突然元いた世界への郷愁を感じるとふと呟いた。その何気ない一言にブリギッテが首をかしげたが、それを横目に眼の前の建物を見慣れたとばかりに驚かず先へと進むカイムとアマデウスを追いかけた。

 研究所の入り口の2枚扉は装飾の殆ど無い質素な見た目だった。だが、その扉の横に四角い箱状の物が付いている。その箱にアマデウスが手を伸ばそうとすると、カイムは驚いた表情で近づきそれに触れた。


「これは……インターホン?」


 中世ヨーロッパのような世界観からは考えられない近代技術というギャップを前に、カイムは考えるのを止めてインターホンを押した。


「これ、君の世界にも有ったのかい?」


「でなきゃ、使えないだろ……」


 カイムが慣れた手つきでインターホンの呼び出しボタンを押す姿に、アマデウスはブリギッテを警戒しながら小声で彼へ質問した。すると彼は軽く頷き小声で返したのである。

 そんな2人にブリギッテが懐疑の視線を向けていたが、突然インターホンから短いブザー音が響くとそれに続いて人の声が大きく響いた。


「ちょっとそこの君、中々面白い事してくれてるね。3人ともとりあえず入りなよ」


 声質は高く独特の響きをする声であったが、カイムはその声の主を女と理解した。それと同時に彼は声の主に質問をしようとしたが、インターホンからはマイクの接続が切れる鈍い音だけが響いたのである。

 その直後、扉から鍵が開く音がすると、カイムは後ろで彼に事情の説明を求めようとするブリギッテから逃げるようにノブをつかんで左右の扉を開いた。

 追及のタイミング無くしたブリギッテの疑念の視線を背に受けつつカイムとアマデウスは先へ進み、3人は扉の中に入ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る