第二幕-4別視点

 汚れきったぼろ布を被り、少女は路地に座り込んでいた。もう一週は食べ物にありつけていない。最後に食べた物が残飯か近場に生えた雑草かさえ、彼女は覚えていなかった。

 両親を戦争で亡くし、少女は1人で必死に生き残り、流れ着いた帝都で限界を感じていた。城の近くでは若い非力の女は体を売るしか稼げる手段が無かったが、彼女はそれだけはしたくなかった。それは、"自分を大事にしなさい"という彼女の母親の言葉が頭に響くからである。

 少女は人の感情が色で見えた。それは見ようとすれば見れるという感覚的なものだが、自分の感覚には自身があった。だからこそ、すれ違う人々の感情を見る度その言葉が脳裏をよぎり、彼女に忘れさせないのである。

 だが、少女はこのままでは餓死する可能性が高いと自覚していた。下層スラムの食料源の残飯も、この頃は柄の悪い集団が増えたことでその集団間で独占されている。

 こうなったらと最後の手段に出ることを少女は覚悟したが、そこには問題があった。

 下層スラムの人間が上層スラムに入るのは難しく、そこで"そういった"仕事をするのは更に危険なのである。その手の職は競争が激しいため、無法状態のスラムでは縄張り破りや元締めの許可がないと命が危なかった。

 だが、下層スラムで働いても少女に入る稼ぎはないに等しい。

 ならばと少女は大通りの近くの路地で座り込んだ。時々、通りを騎士がどこかへ向けて歩いて行くことを彼女は知っていた。だからこそ、少女はどうにもならないことをどうにかする為に、騎士が通るのを待つしか術がなかった。

 そして、その時は2日後に来た。赤髪を2分けにした女騎士と1人とカエルの執事を連れた仕立ての良い服を纏う魔人の男が、通りを歩いて来たのである。

 貴族と確信した少女は、買われるなら出来るだけ優しい人物に買われたいと考えながら3人を注視した。

 その3人は下層スラムの住人に警戒したのか密集していた。密集するため女騎士が魔人の男に近づいたとき、彼から一瞬色濃い情欲の色が見えた。しかし、それも直ぐに冷静さや真面目さを示す誠実の色が覆いかぶさって斑な色となったのである。とはいえ、その斑さも少女からすれば特段異常のないある程度正常なに見えたのであった。

 それを見た少女は、男が強い性欲こそあれどそれと同時に理性もしっかりある人物と確信したのである。その確信は覚悟に変わり、ならば今しかないと彼女は通りに飛び出し盛大に転んだ。


「なっ、何者ですか!私は、姉さんほど剣は上手くないから……殺しちゃうかもしれませんよ!」


 殺すという言葉は、確かに少女にとっては恐ろしかった。だが、餓死というゆっくり忍び寄り突然その身をこと切らせる死の恐怖よりは遥かにマシでだった。

 だからこそ、切っ先を向けられるも少女はとにかく何とかしよう立ち上がり口を開けた。


「私、ただお願いをしに来ただけです」


 少女は自分を買ってもらう為にしっかり顔を見せなければと考え、ぼろ布を顔からずらし言った。そして、自分を買いたいと思うような素敵な一言を添えようと、彼女は出来る最大限の思考速度で考えを巡らせたのであった。


「貴族様、私を買って下さい。」

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