第二幕-4

 通用扉から壁の外に出ると、そこには異様な景色が広がっていた。


「荒廃してるとは聞いてたけど……これ程だとまずいな……」


 城の防護壁の外側には無傷な建物が1つもなく、酷い区画では手付かずの瓦礫の山といった状態である。

 そのため、住居を失った難民は壁の近くに瓦礫で掘っ立て小屋を作り、それらの集合したスラム街さえ築いていたのである。そんな扉の守衛室近くにはスラムの住民らしき狼の顔をした男やゴブリンらしき小人などが座り込んだり倒れたりしており、どれだけ表現を控え目に言ってもカイムには危機的としか思えなかった。


「これは思いの外、不味いよ。アマデウス……思ってたより酷いぞこれは……何で言ってくれないんだ。これ程とは想像してないぞ……」


「確かに荒廃は酷いよ。けど、君の計画には中々可能性があるよ……時間は掛かるけどね。後は君の手腕にかかってるだけだよ」


 街の荒廃具合に驚くカイムの力無い小声の主張に、アマデウスは口を曲げ言い淀んだ。それでも彼ははっきりとカイムに己の腹の中をぶつけ、その視線はカイムの瞳を真っ直ぐ見つめていたのである。

 そんなアマデウスの言い分を真っ向から受けたカイムは、彼の視線を前にして言葉に詰まってしまった。それでも彼が反論しようとしたとき、ブリギッテは2人を不思議そうに眺めたのだった。


「そういえば、カイムさんは何で町に出掛けようと思ったんですか?」


 ブリギッテが首を傾げながら投げかける疑問に、カイムはアマデウスの視線から逃れようと自分の頭を撫でながら彼女に対して言葉を選んでから答えようとした。


「カイムは町の視察とアルブレヒトさんに会いたいんだよ」


「アルブレヒトさんって……確か町の外れの森にいる錬金術師さんでしたっけ?」


 そんなカイムが言葉に悩む姿を見ると、アマデウスが彼を助けるように話へ割って入りブリギッテの問いかけに答えた。アマデウスが返答できたのは出掛ける話をカイムが彼に持ち掛けたとき、その理由の説明を求めたことで外出の事情を理解していたからだった。というのも、彼の考えを押し進めるのにはアルブレヒトという町で有名な人物の助力が必要であり、その人物がいれば帝国復興の可能性が高まると主張したのはアマデウスなのである。

 僅かに額へ汗を浮かせるアマデウスの答えを聞いたブリギッテは、カイムへ確認を取ろうと視線を彼に向けた。彼女の視線を受けるカイムは直ぐにアマデウスの横で大きく何度も頷いた。

 しかそ、アマデウスから有名と言われていたアルブレヒトの名前にブリギッテは小首を傾げ太めの眉が疑問を表した。その反応に、カイムは怪しむ視線をアマデウスへ穴が空くほど向けた。


「騎士はあまり城外に出ないから…」


 絞り出す様な言い訳の言葉をアマデウスが呟くと、カイムはジト目を彼に向けるのを止めた。

 アマデウス曰く、アルブレヒトは貴族と遠縁の錬金術師である。かなりの頭脳の持ち主であるが、行ってきた数々の実験によって爆発や放電、体調不良等周辺から被害の報告が相次いだことで首都郊外の森に追放されたとのことだった。

 ただ、郊外だった為に奇跡的にヒト族の侵攻では被害にあわず、今では城に薬品等を送っているという話であった。


「何だかよくわからないですけど、出発しませんか?」


「あぁ…徒歩、なのね?はいはい、解ったよ」


 扉の前であれこれと小声で話すカイムとアマデウスに、ブリギッテが声を掛けた。そこ一言や乗り物を用意する事もない彼女の態度、回りに馬小屋等が無いことからカイムは移動が徒歩であることを理解した。

 そして、3人は郊外へ向けてスラムを歩き始めたのである。

 スラムは一見大小様々なテントや小屋が乱雑に設置されていると思われた。だが、荒廃した街の配置を基準としてきちんとメインストリートや路上等が考えられており、露天や客引きが騒ぐ街の大通りを進めばほぼ一直線に街の外周が見えたのである。

 そのスラムも最初こそ活気があったが、歩いて1時間もする頃には城の周辺からも大きく離れ、テントや廃屋からは人の声が全くしなくなったのである。それでも不思議とあちこちから人の息遣いのような生暖かい感覚を覚えたことで、カイムは打って変わって街を酷く寂れていると感じたのであった。

 そんな道の途中でブリギッテは止まると、おもむろに腰の剣を引き抜き前を向いたまま摺り足でカイムとアマデウスとの距離を詰めた。


「ここから先は私から離れないで下さい。女でも騎士となれば野盗も手を出して来ないでしょうから」


 幼さの残るブリギッテの声に緊張を感じたカイムは、過剰に怯え密着してくるアマデウスを突き放そうとしつつ彼女との距離を詰めようとその背中に駆け寄った。

 そんなカイムとアマデウスだったが、ブリギッテとの距離が縮まると彼等は彼女を背後から見下ろす様な体勢になった。その体勢はブリギッテの旋毛さえ見える程の身長差があり、彼女が姉のファルターメイヤーよりかなり巨乳であるこおをカイムは再確認した。さらに、その胸元が服を内側から押し上げてている事実や、何よりブリギッテから女性独特の甘い香りが鼻を通ると、カイムに久しい男としての感情が沸いた。それと同時にカイムはそんな幼い少女に邪な感情を抱きつつ露骨に身を守ってもらおうとする自身が嫌に恥ずかしくなったのである。


「姉もそこそこあったのに……今更だがロリ巨乳って現実だと反則だよな……」


「カイムさん、何か言いました?」


「いや!"そんなに物騒なんだな"ってね」


 目の前に日常生活では絶対に知り合えない美少女が居るという状況と己の腹の底の気まずさを紛らわす為に思わず呟いたカイムの感想は怯えるアマデウスの震えで掻き消され、よく聞こえなかったブリギッテは彼に聞き返した。

 そんなブリギッテの旋毛に対して誤魔化しの言葉をぶつけながら、カイムは男としての感覚を理性で必死に止めたのである。

 そんな警戒しつつ先を急ぐ3人が歩く寂れたスラムには、働き盛りの大人の姿はなかった。代わりに痩せ細り、おおよそ服とは言えないぼろ布を乱雑に紐で縛ったような格好の子供ばかりが嫌に近い距離ですれ違ったり、座り込んでいたりするのである。歳も高くて18か低くて6歳が良いところであろうというのがカイムの脳裏に過る感想であった。

 そんな子供達の多くは道端に座り込み3人を窺うように見つめ、すれ違おうとする者達はブリギッテの視線や剣を見て早々に去っていくのである。その状況に、剣がなければ物乞いや道行く者達の集団に何をされるかわからないということがカイムにも想像できた。


「ここら辺からは働けない子供や気性の荒い奴らばかりで治安が悪いんだよ。僕だって普段ここまで来ないから。あっ、でもカイムは強いんだっけ。なら安心だ」


 少し前まで怯えていたアマデウスは、数時間も歩き続けていたことでスラムの環境に慣れたのかようやく間の抜けた言葉を発した。そのせいで、カイムの張り詰めた感覚は急激に抜けていったのである。緊張で強張る肩を回し始めたカイムの脱力を皮切りに、数時間と警戒を続けた3人も気苦労から警戒心が中途半端に薄らいた。

 そのため、荒れたスラムを半分程まで来たとき眼の前を転がってきたぼろ布の塊にカイム達は僅かに反応が遅れた。それでも若干気が緩んでいたとはいえブリギッテは慌てて剣を構え直したのである。

 しかし、ブリギッテの剣を構える姿は素人のカイムでもわかる程度にぎこちなさがあったのだった。


「なっ、何者ですか!私は、姉さんほど剣は上手くないから…殺しちゃうかもしれませんよ!」


  騎士としてあるまじき発言の混ざるブリギッテの警告に顎が外れそうになりながら、カイムとアマデウスは眼の前に転がるぼろ布へ強い警戒心を向けた。そのため、布の塊と思っていたものが動いた時に、2人には驚いて後退りしようとしたのである。

 しかし、カイムが目を凝らしてよく見ると、目の前に倒れてきた物は布の塊ではなく布を羽織った人と認識できた。

 そして、脅し文句にしては格好は付かないブリギッテの警告だったが、"殺す"という部分が効いたのかようで布を羽織った何者かのその動きをゆっくりと止めた。


「私、ただお願いをしに来ただけです」


 鋭く伸びる剣の切っ先をブリギッテから向けられたぼろ布からは、小さくか細い声がした。その何者かがゆっくりと立ち上がると、3人はぼろ布の隙間に幼げな少女が顔を見たのである。


「貴族様、私を買って下さい。」

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