第一幕-3

「とりあえず、全裸は不味いし……部屋もこんな感じですから……場所を変えませんか?」


 ホーエンシュタウフェンから突然予想を超えた一言を言われ、敬一は愕然として言葉を失った。そんな彼の固まった姿を前にして肩を落とすホーエンシュタウフェンは、早々に立ち上がると部屋を後にしようと扉へと足を進めたのである。

 そんなホーエンシュタウフェンの背中へ手を伸ばしたアモンだったが、ようやく混乱した思考が纏まり彼の顔を見つめる敬と目があった。

 そして、軽く後頭部を掻きながら呟くアモンにより、敬一は一旦衣装部屋と呼ばれている部屋へ行くよう促されたのだった。


(しっかし…。ひどい幻覚?妄想だな。不思議の国のアリス病だっけ)


 自分の居る現状を夢か妄想と判断しようとした敬一は、幼い頃にテレビで見た朧気な知識を思い出した。

 だが、廃墟となる前はさぞ豪華であったと思わせるヒビだらけの廊下の壁に敬一がなんの気なしに触れると、彼の掌は無機質故の冷たさや空気の悪さ故の湿り気、カビ臭さをまざまざと感じさせたのである。その感触は生々しく、今いる現状が夢ではないと彼に伝えた。

 そのどうにも逃避できない現実を前に溜め息をつく敬一の3歩先で彼を案内しているのは、もちろんアモンではな。いそういった仕事はメイドや執事がするものであり、彼の前には執事が歩いていた。


(執事がカエルか。キャラクター設定者が居るなら、良いセンスだ)


 敬一の目の前を歩く執事はカエルだった。ただ、このアマガエルは彼の知っているカエルと異なり、完璧に二足歩行し、首はきちんと前を向いている。見た目こそカエルそのものながら、その執事の骨格はまるで人のそれであり、その身には仕立ての良い燕尾服を着ていたのである。

 まじまじと眼の前の見慣れぬ生き物を前にした敬一はまるで穴が空きそうなほどにカエル執事を見つめていたが、その視線に気付いた彼は後ろめに何度か敬一を見ると僅かに俯いた。


「やっぱり…両生族は珍しいですか?」


 数回深呼吸したカエル執事は拳を握りしめ振り向き、敬一へ話しかけた。その突然の一言に敬一は身をすくませた。

 しかし、眼の前のカエル執事はカエル顔ながらに不思議と笑っているように見え、敬一は強張った肩から力を抜くとゆっくり回して気まずそうに自分の項を撫でたのである。


「なっ、何が……ですか?」


「敬語など使わなくて大丈夫ですよ。何か無礼な事を言いましたか?それでしたらすみませんでしたお詫びします!姫様が直々に御世話を命ぜられたのですからとても高貴な方なのでしょう?どうか死罪だけはっ!」


 突然話し掛けられた敬一は、声を裏返しながらも直ぐに反応した。

 だが、その反応にカエル執事は目を丸くし慌てだした。その猛烈な早口で捲し立てる様子や彼が謝罪をし出したことに敬一は驚いて言葉に詰まった程である。

 それと同時に、慌ててふためくカエル執事の姿を見て、敬一は逆に冷静になり始めたのだった。


「高貴だなんて、そんなのはないですよ。ついさっき起きたばかりみたいですし、ここがどこかもわかってないし……何より、全裸だし……」


 アモンから渡されたボロ布をマントのように羽織っただけの敬一は、その隙間から手を出し頭を掻いた。その表情は全裸であったことで赤くなっており、その気恥ずかしさが色濃く出ていたことでカエル執事は敬一の態度のおかげかゆっくりと落ち着いていった。


「ということは、あなたが救国の英雄殿ですか!召喚術は失われた古代技術ですし、姫様は失敗したとか叫んでたからてっきり…失礼しました!」


 そんなカエル執事は、敬一の言った言葉を前に顎らしい場所に手を当て少し首を傾げた。暫くすると、彼は若干興奮気味の口振りで敬一へ向けて早口で尋ねかけたのである。

 その早口や捲し立てるような口調を自覚したカエル執事は、半口開けて驚く敬一に直ぐに頭を下げた。そんな彼の言葉で自分が英雄という役割を与えられていることを知れた敬一は、直ぐにカエル執事の下げた顔に見えるように手を向けて頭を上げさせたのであった。


「あのっ、一体わたっ……俺に何が起きたんですか?帝国とか救ってとか……正直、訳がわからないですよ」


 カエル執事の取り乱しから、彼と敬一は暫くの間無言で廊下を歩き続けた。

 その途中の廊下で、沈黙に耐えられなくなった敬一はカエル執事に疑問を投げかけた。それは、彼がこの状況に放り込まれてから最も気になっていたものである。

 しかし、口に出してしまってから敬一はそれが迂闊な質問だったと思い内心焦り、無意味に一人称を変えたことも後悔した。そんな彼の焦りとは裏腹にカエル執事は何かを理解した様に手を打つと数回頷いた。


「いきなり召喚された方というのなら、帝国のどこ出身とはいえ事情がわからないのも無理ないですよね。簡単に言うと、この帝国はヒト族によって崩壊の危機にあるんですよ。その辺りは、知ってるとは思いますが。まぁ、僕は戦中生まれで侵略とかの実感ないですけどね……あなたはこの国を復活させるため喚び出されたんですよ。ちなみにどこのご出身で?戦争の事をそんなに知らないなら南部の方ですか?」


(ずいぶんとよく喋るカエルだな。何だか中瀬みたいな奴だ)


 カエル執事は足を止めることはなかったが、それと同じく口も止めず敬一に説明し続けた。その語り口は流暢であり、不思議と敬一は口を挟むことなく聞き入っていたのである。

 そんな敬一は、カエル執事の語り口に高校時代からの友人を思浮かべながら、極力話を合わせつつこの世界や今現在の情報を得ようと、当たり障りない会話を始めたのだった。

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