第一幕-2

 突然廃墟で目が覚め、周囲は死体の山。頭痛や全身の痛みから始まった眼の前の異常事態を前にして、敬一はこれを夢と理解しようとした。


(夢って普段の記憶を処理するためのものじゃ……もういいや。ここまでワケわからんと逆に冷静になってきた)


 そんな時に全く聞いたことのない女の声が聞こえてきたとき、もう敬一は闇雲にあれこれと考えるのを止めた。


「一体誰だ。何なんだよここは」


 目まぐるしく変わる状況によって混乱を通り越し冷静さを得た敬一は、気だるげに聞こえてきた声に応じ改めて自分の前方を見た。よく見てみると、彼の視線のはるか先には扉があり、その前に人影が2つひっそりと立っていた。

 1人は、月明かりで光る銀色の甲冑を着けた男で、その背はスポーツ選手の様に高く、整った顔に髭を蓄えている事から敬一は自分よりかなりその男が年上に見えた。

 そして、もう1人は銀色のミディアムヘアを揺らし赤い瞳、透き通るような白い肌の女だった。背丈は隣の男によって低く見えたが、女性としては高くもなく低くもない平均的な身長である。その線の細い華奢な身に付けている赤いドレスが細身のプロポーションを魅せることで大人びた印象を与えるが、敬一には不思議と自分より年下のように思えた。


(人間?日本人じゃぁ、ないよな。でも今、日本語話してたような)


 敬一にとっては最初の疑問が何より重要だった。彼の母国である日本で白人や黒人を見かけることは全く珍しく無く当たり前となった現代である。

 それでも、敬一の生きていた時代にはスマートフォンは有っても角を生やした人間などは1人としていなかった。

 男は金髪頭の両側から山羊のような2本の、女は額と髪の生え際辺りからイッカクのような長い1本の角を生やしていたのである。

 そんな異様な存在である2人の姿を凝視する敬一の視線を受けた女は、ゆっくりとその優美な瞳を釣り上げ、不満の色を浮かべていった。


「アモン!何なのあれっ!あれだけの有志を募って、お父様の死体まで使って、あんなのって……」


 癇癪を起こしたように声を上げる銀髪の女は地団駄を踏み、敬一のもとへ歩み始めた。その靴音は無駄に部屋中へ響き渡り、彼女の履くヒールが折れると思えるほどである。


「姫様、さすがに"あれ"や"あんなの"呼ばわりは酷いのでは?魂の定着も無理矢理でしたし。何より一週間もかかったのです。一時的な混乱や不安定は……」


「そんなことわかってる!ちょっと言い過ぎた。それとアモン、話が長い」


 感情を発露させ怒鳴った女に、甲冑の男はなだめるように笑ってみせた。それでも、彼の話は女の金切り声と吐き捨てる言葉によって折られたのである。

 そんな光景を目の前に、敬一は訳もわからない中で増えてゆく情報を前にしてただ同じことを聞くしかなかった。


「君達は誰だ?ここはどこなんだ?この惨状は……」


 自身でも気付かず噛み締めていた奥歯を緩め、敬一は敢えて眼の前の2人に尋ねかけた。その言葉は探るように辿々しく、その端には上擦った疑問が露骨に見えていた程である。

 そんな敬一の言葉に男は肩をすくめて女の方へ軽く視線を送ると、彼女は肩を落として一瞬俯くと僅かに舌打ちをした。

 その音を掻き消すようにドレスのスカートをたなびかせた女は、まるで鋭い刃のような視線を敬一へ向けたのだった。


「ワタシは誉れ高き帝国皇帝ホーエンシュタウフェンが皇女にして家長、ホーエンシュタウフェンよ。それで、彼はアモン」


「まぁ、色々大変だろうけど、それは……」


「ちょっとアモン!私が話してるの静かにして!」


 先ほどまでの癇癪を起こしたような声に比べ、名乗りあげるホーエンシュタウフェンの声はそれまでと異なり異様に勇ましく、敬一に不思議と高潔ささえ感じさせた。

 だが、ホーエンシュタウフェンのその身振りや言葉の端々に、敬一は何故か背伸びしたような虚勢を感じたのである。

 そんな敬一が違和感の理由を考える前に、ホーエンシュタウフェンの紹介から彼に声をかけたアモンは軽く手を上げ、柔らかい口調で挨拶した。その態度が気に入らなかったのか、ホーエンシュタウフェンは直ぐに彼へ顔を赤くして声を上げると、アモンは直ぐに頷いて彼女に向けた手を敬一の方へ流した。

 そして、ホーエンシュタウフェンは軽く息をつくとその顔に不敵な笑み作ると、勢いよく上げた手を振り下ろし地面を指さした。


「ここはねっ、帝都デルンのシュトラッサー城。私の家よ」


 唐突にあれこれと話を始めたホーエンシュタウフェンに、敬一はますます理解に苦しんだ。

 敬一は地理はあまり得意ではなかった。それでも、一般常識的な国名から土地名、歴史的に有名な土地には多少の知識があった。それどころか、今現在において彼は異様にこれまで習った物事が異様に頭を駆け抜けていく感覚を覚える程である。その知識を絞っても、彼の知識にの中にデルンという地名やシュトラッサー城という城の名前も思い出せなかった。


「この死体はあなたの魂を召喚するのと、お父様の死体を調整するための生け贄よ」


「いっ、生け贄…?帝都…?」


 土地や城の名前で既に混乱している中、ホーエンシュタウフェンと名乗った女の説明で敬一の思考はますます渦を巻き、纏まりを失い始めた。だからこそ、彼は彼女の語る言葉のその意味程度しか理解出来なかった。

 ますます訳がわからず、ただホーエンシュタウフェンの言葉を繰り返す敬一に、彼の前までの歩み寄った彼女は膝を突き、彼の目の前に顔を寄せた。その人形のように整い人間離れしたその美麗なホーエンシュタウフェンの瞳が敬一の鼻先で真っ直ぐ見つめると、彼は息を呑んだ。

 そして、目を見張る敬一へ、ホーエンシュタウフェンはそっと呟いたのである。


「悪いけど、この帝国を救ってくれない?」

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