その修理屋なんでも直します

加加阿 葵

その修理屋なんでも直します


 お前とはもういいや。

 眉間にしわを寄せた青年はそう吐き捨て夜の街へと消えていった。


 喧嘩の原因はすでに思い出せない。

 よほどくだらないことで喧嘩をしたのだろう。

 お互い素直になることもできず、長い事続いた友情が分かたれてしまった。



 夜の街へと消えていく青年の背中を引き留めることもできずに、ため息が出る。

 吐き出された白い息は煙のように少し曇った空へと登っていく。

 さすがに夜ともなれば少し冷える。


 前側を全開に開けたジャンパーを閉めるためにジッパーへと手を伸ばす。


 さっきまで飲んでたせいか手元がおぼつかず、やっとの思いでつかんだジッパーを思いきり引き上げる。

 しかし、ジッパーは自身のへそのあたりで布に噛んでしまう。

 外そうにも酒の影響で手が震え、寒さも相まってうまく外すができない。


 つい、舌打ちが出る。

 なんてダメな日なんだろう。いや、ダメなのは自分かもな。

 自嘲気味に笑うと三分の一も閉まっていないジャンパーのポケットに手を突っ込み帰路に着く。


 その途中普段は気にも留めない薄暗い路地の奥に明かりが灯っているのに気が付いた。

 何を思ったか明かりに誘われるように路地に足を踏み入れる。


 少し歩くと小さな小屋が建っていた。

 前時代的というべきか、今風に言うとレトロ建築というのだろうか。

 まるで、この建物だけ時間が止まっているかのような錯覚を覚える。

 小屋には看板が立てられていて、大きな筆を使って書いたような文字で【修理屋】とだけ書かれていた。


 修理屋?いったい何を修理するのだろうか。なんでも修理するのかもしれない。

 ああ、そうだこの布に噛みついて全く離そうとしない怒った犬みたいなジッパーを修理して貰おう。


 そう思い扉を引k……押すタイプだった。


 キィーっと音を立て扉が開き、扉の上についていたベルがチリリンとなる。


 店内は一言でいえば殺風景だった。

 扉の正面に木で出来たテーブルが1つだけあり、その上にはおそらく修理に使うであろう工具が乱雑に置かれているだけだった。


 部屋の奥から1人の老人が出てきて、かすれ声だが聞き取りやすいそんな声で出迎えてくれた。


「いらっしゃい。何を修理しに?」


 この噛んでしまったジッパーを直してほしいと伝えると、老人は疑るようにこっちを見つめ口を開く。


「それはお安い御用だが、本当にそれだけか?」


 老人が何を言っているのかわからず、首をかしげることしかできなかった。


「まあ、いい。ほれ、早く脱いでそこに座ってちっと待っとれ」


 ジャンパーを首から脱いでる間に木でできた丸椅子を差し出される。

 丸椅子なんて小学校の理科室ぶりだ。

 そうだ、小学生のころアイツがこの丸椅子で……。

 先ほど喧嘩別れをしてしまった青年のことを思いだす。


 頭を振り、余計なことを考えないようにと老人の作業をじっと見つめる。


 すると老人が口を開く。


「なんでこうなった?」


 何を聞かれたのか一瞬わからなかった。

 でもすぐにジッパーが噛んだことだとわかり、酒のせいで手が震えたと答える。


「こういう修理はよくある、その時わしは必ず聞くんだ。どうしてこうなったんだと」


 壊れた理由を聞くのは当然だろう。


「そうすると、自分が悪かったってこの店に来てやっと気づく人も多い」


 ん?まあ、そうだろうなと無言で頷く。

 老人も無言になる。あ、これで話おわりか。

 と、思ったがすぐに口を開く。


「このジッパーはまるであんたみたいだ」


 はい?とおもわず声に出してしまう。


「一時の感情にまかせ本来1つだった者が2つに分かれてしまっている」


 老人は作業しながらさらに話を続ける。


「あんたが直したいものはこのジッパーだけじゃないだろう?」


 老人のかすれ声を聞き喧嘩別れした青年の顔が浮かぶ、小学生のころからの親友の顔だ。

 老人は最初に言ったセリフを繰り返す。


「なんでこうなった?」


 覚えていないが本当にくだらない理由だっと思う。


 多分。いや、絶対に。


 ――自分が悪かった。


「原因がわかれば直すのは簡単だし、次は壊れないように気を付けることもできる」



 まるで電気が走ったような衝撃に襲われる。

 老人は「直ったぞ」とジャンパーを放り投げる。

 すぐにジャンパーを着て、ジッパーが首まで閉まることを確認するとすぐに店を飛び出そうとする。


 店を出ようと振り返ったところでお金を払ってないことに気づき、いくらか尋ねると「そんな簡単な修理に金なんぞ取れるか」と老人は手をシッシとまるで追い出すかのように動かす。


 いろいろありがとうございましたと深く頭を下げ、早く彼に追いつくべく扉まで走る。


 そして扉を引k……押すタイプだった。

 あれ?入るときも押したような?まあ、いいか。


 店先でまた深々とお辞儀をして走り出す。


「自分が悪かったのに引いてはダメだ。勇気を出して押していけ。先に謝るのは悪かった方だ」


 老人は立ちあがり、そうかすれ声でつぶやき、店の奥に姿を消した。



 いやいや、ほんとなんだって。こないだの夜さこの先の路地に修理屋があってさ。


 そんな会話をしている二人の男性。


 まだ日が高い明るい時間に件の路地に来たが、そこには何もなく、ただゴミが散らばっているだけだった。


 酔いすぎてたって?そんなことないと思うんだけどなあ。

 まあ、いいやお前明日仕事休みだろ?今日は無限に飲もうぜ。


 そうして二人は歩き出す。

 ジャンパーのジッパーはちゃんと最後まで閉まっている。



 修理屋が無くなっていても大丈夫。


 もう壊すことはないから。

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