接続/合縁奇縁(Boy meetsed Girl)

 不老不死を得た善道は、鋼音から見ても超然としていた。


 魂のレベルが、ランクが違う。そんな漠然とした、それでいて明確な隔絶があった。


「これで私は踏み出したのだ……一歩……人類を革新するための偉大なる一歩……」

 譫言を口にするだけで、得も言われぬ重圧が降りかかる。


「かつて月に踏みつけられた足跡……憧れたものだよ。掴めそうなほど近く、遠い星に最初に辿り着いた彼らが。

 いつか私も――そして叶ったのだ。この星に刻みつけるのだ。善道数多! その名を!」


 分裂たちが土くれに還る。鋼音もまた、善道のプレッシャーに当てられて“不退転”を杖に立つのがやっとだ。


「ようこそ、新世界へ。そしてさようなら。きみのような反乱分子はいらない。……そして赤座くん、ご協力ありがとう。きみもさようならだ。私のような超越者は一人でなければならないからね」


「ふはっ!」


 善道の演説に失笑した者が一人。

 笑い声を追うと、鋼音が突き破った天井の穴の淵に、男が立っていた。トップハットに燕尾服のシルエット――その名は、

「いえ失敬。わたくし、アクトディーラーと申します」


 キザな男が、キザに飛び降り、キザに挨拶した。


 彼が降り立った途端、“天眼”のリンクが途絶えたのを鋼音は感じた。十中八九、この男によるジャミングだろう。


「誰だ、貴様は」

 重い声で、善道が問う。


「申し上げた通り、アクトディーラーでございます」

 深い皺の刻まれた眉間に、更なる皺が寄る。


「あぁ、そうですね。あなたがおっしゃるところの、超越者でございます」

「な……」

 鋼音は、この男に覚えがあった。それを察知してか、アクトディーラーは口元に人差し指を当てるジェスチャーを向ける。


「それで、なんの用だ? 散歩の途中かね」

「その薄汚いスタンプを灼き尽くす」

 その声音には怒りがありありと溢れていた。指を鳴らし、スーパーコンピュータ群に火を放つ。


「させんよ」

『《時間逆行アガレス・クロノルーラー》』

 一際強いプレッシャーがフロア全体を押し付ける。潰れるようにして、火の手はなかったことになった。


「なるほど……これがこの街の目指す“根源”か」

「正しくはその片鱗、ですがね」

 薄ら笑いを浮かべて、アクトディーラーは目を細める。


 盟元市の目指すところはいくつかあるが、その中でも大きな目標が能力の“根源”を突き止めることだ。ハガネの“Sicks”などはその根源に最も近い能力とされていた。他にもS等級のアウターは多かれ少なかれ“根源”への切符を手にしているとされている。


 能力の深み。効力の深化。それを実感した善道は、高笑いを上げた。同じ超越者を名乗るアクトディーラーの炎を圧殺したことが、自身がより高位の存在であるという証左となったからだ。


「鋼音くん、立てるかい? 体ではなく、心がだ」

 一歩下がり、アクトディーラーは鋼音と肩を並べる。


「当たり前だ」

「でもきみには、もう戦う力がない。手札がないんだ。わかるね?」

「知ったことか。やる気がないなら下がってくれ。……できれば、一子を頼む」


「だから、それは鋼音くんの仕事だ。私の仕事は、そう、私の名はアクトディーラー。手札を売りつけにきたんですよ」

「…………全部寄越せ」

「最高だ!」

 悪魔めいて、アクトディーラーは嗤う。


「授けるなら炎がいい。それはとてもプロメテウスらしい。知っているかい鋼音くん、そして善道市長。最初に発見されたアウターの能力は――」


 鋼音の瞳が、爛と輝く。

 鋼音の力が、濫と溢れる。

 鋼音の炎が、嵐と猛り狂う。

 白崎鋼音が、乱と走り出した。


「――“Lの炎”!」



◆◆◆



 戦局は再び逆転した。

 突き詰めて言えば、善道は不老不死なだけだ。多少時間を戻せたり、あらゆる能力を付け焼刃的に使えるだけで、ただそれだけである。


 不老不死として鋼音の炎を受けてはじめて、善道はその在り方の本質を痛感する。


 不老不死これは、なにも肉体が滅びないわけではない――。


 なまじ手元にサンプルがあっただけに囚われすぎたか。不老不死を願うにしても、赤座一子にだけはそれを願ってはいけなかったのだ。


 彼女の知る不老不死は、死んだ。少なくとも肉体は失い、どこにもいない存在になった。【死なない体にしろ】とでも願えばよかったものを、言葉に囚われたばかりに……焼き尽くされる視界の端に移った左腕が、嘲笑っているように見えた。


「ふざけるなぁああああああああああ!」


 結局、蘇生は《時間遡行》頼りになってしまった。


 対し鋼音は、同じ超越者から分け与えられた力によって、ターミナルに記録されているどのアウターよりも強力な攻撃力を手にしている。これでは、殺し尽くされてしまうのも時間の問題だ。


 《影素》が噴き出す。《ライオン》が吠える。《絶零》が伸びる。《流星群》が落ち、時間は巻き戻り、すり抜けようと分裂しようと一切合切が、そのスタンプごと焼却されていく。


 燃え盛る炎の海に溺れながら、善道は最後のスタンプを発動させた。 


「鋼音くん、まずい!」

 アクトディーラーは本能的にその危険性を察知した。彼の外套を借り受け、身を守りながらも、その顛末をしかと見届けようとする一子にもその脅威が伝わってくる。


 能力名“欠陥なき結界フルサークル”。それを数百倍に希釈した、実体なき世界への逃亡を可能とする《百分の一冠絶結界ハンドサークル》。《時間遡行》のクールタイムを稼ぐつもりか。


 させるか。……聞きなれた懐かしい声が一子の耳朶を打つ。 

 境界の向こうへ逃げ込もうとした善道の心臓を、フラスコから飛び出した左腕がぶち抜いた。


「な――」


『条件を整えすぎだ、善道。お膳立てご苦労』


「――に」


 どこからともなく声がする。一子だけでなく鋼音やアクトディーラー、善道にもそれは聞こえるようだ。

 心臓を握りしめたまま床に叩きつけられた左腕。まだ脈打つそれは徐々に肉を増し、少女の形をとる。


「悠芽……?」

 一子が歩み寄る。


『一子。大きくなったな』

「悠芽、さん……!」

 目を凝らしてみると、悠芽の体は透けている。これは善道も同じだ。


 フロア全体を飲み込もうとしていた“Lの炎”は、悠芽の出現により鎮火した。彼女の力によるものなのか、自身が消したのか、鋼音にもわからない。


「悠芽さん!」

 駆け寄り、抱き着こうとするも、一子の体は空を切った。悠芽もまた手を伸ばすが、互いに触れることはできないようだ。


「悠芽さん、悠芽さん、悠芽さん!」

 一子の顔からはあの日以来つんと張っていた険が取れ、年相応の少女のそれになっている。


『ごめんな、一子』

「ううん、平気でした。頑張りました。いっぱいいっぱい助けてもらって、私……あたしは、元気だ」

 二人を見て、鋼音は、一子のぎこちない口調の理由がわかった。一子は一子なりに強くあろうとしていたのだ。かっこいい人の真似をしようとしていたのだ。


『白崎鋼音くん、だね』

「はい」

 突然声をかけられ、戦闘で毛羽立っていた精神が綺麗にならされていくのを感じた。


『いままで一子をありがとう。これからもよろしく』

「これから、って……」

 反芻して、その真意に思い至る。


 悠芽の復活は、今この時間だけなのだ。冠絶結界が開き、同じ形の不老不死が、同じ形で死のうとしている、この接続された時間だけなのだ。


「一子は、」

「悠芽、ありがとうな。あたしを外に連れ出してくれたこと、感謝してる。心配しなくても大丈夫だよ。鋼音も一緒にいてくれるし、友達だってできたんだ。だから、心配しなくても大丈夫。あたしはもう大丈夫だから」

『そうか。それはよかった。さて――』


 触れられないなりに距離を測り、一子の額にキスをしたあと、悠芽は善道に向き直った。


『不老不死っていうのは、老いて枯れない代わりに置いてかれるものなんだ。好んで欲しがる奴がいるとは驚きだったよ』

「来るな……亡霊め!」

『お互い様だろう。肉体はすでに死に絶えた。白崎鋼音くんに敗北したことで、その精神も折れている。超越するっていうのも難儀なもんだ。折れても並び立つものがないから、そのまま腐ってしまう』


 ちらり、と視線を向けられたアクトディーラーが、自嘲気味にハットを目深に被りなおす。


『つらいだろう。苦しいだろう。引導を渡してやる』

「は、は、は、は――」


『お別れは五年前にすませた。今度こそさよならだ。じゃあね、一子』


 扉が閉じるように、悠芽と善道は冠絶結界の向こうに消えていった。その先は確かめるまでもない。



◆◆◆



「それでは、私はこれで」

 キザに会釈をして、アクトディーラーは霞のように気配を消した。


「……。一子、ケガはない?」

 恐る恐る声をかけると、一子は微笑みで返した。


「人のこと気にしてる場合じゃないだろ」

 特に裂傷のひどい左わき腹を突かれ、鋼音は呻き声を上げる。


「その……ほら、肩かしてやるから。帰るぞ」

 照れながらも提案する一子を見ていると、こちらまで恥ずかしくなってきたので、鋼音はそっぽを向いた。

「いいから! ほら!」

 やや強引に、一子は鋼音を抱き寄せた。


「幸せになっていいかな」

 胸の奥から零れる言葉は、鋼音に向けた手紙をなぞり始める。

 鋼音は何も答えない。


「好きになっていいかな」

 沈黙。


「一緒にいていいかな」

 沈黙。


「…………幸せになりたいって思って、いいかな」

 沈黙。


 鋼音は何も答えない。ただ、言葉を投げかけられるたびに、抱き返す力を強めていくだけだ。


「ありがとう。鋼音のことも幸せにするから、覚悟しとけよ」


 そう耳元で呟いて、二人の唇が、



4/曖煙祈媛 赤座一子  接続

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