"不老不死"

『……そういうことで、私“プラネタリウム”が協力いたします』

 結局手紙からの音声はスピーカーに繋がれることとなった。


『では今回の作戦ですが……黒峰さんの案通り、白崎さんには単独でターミナルに向かっていただきます』

 標高およそ百二十メートル、盟元の中心に聳える大塔・ターミナル。手紙はその能力によって、一子と善道がそこにいると観測した。善道が構える市役所はその麓にあるので、これに関しては予想通りである。


「なぁ、どうして鋼音一人なんだ?」

「さっき話したよ、霖太郎くん」

「"プラネタリウム"の意見も聞きたい。俺も戦えないのか?」

 霖太郎が唸るような声をマイクに向ける。手紙のものらしき悲鳴が漏れ出て、鋼音と小雛は笑いをこらえる。


『そ、その……“ディアワン”の回復で唯一回復できたことと、霖太郎さん、それから景色の能力の一部を使えることについては……ご理解いただけたかと思います。

 そのほかに、善道さんの《体感経験エクスペリエンス》、《再三生産マニュファクチュア》、《自動管理オートメーション》、によるカウンターを阻止できるのが鋼音さんの“不退転”だけだからです』

 善道によるスタンプ三連コンボによって、すでに“影素”が彼の手中にある。


『無闇に能力で攻撃しては向こうの思惑通りです。“アガレス”による時間遡行もありますし、即死させられるだけの攻撃でも使用は厳禁です』

 ふぅ、と息をつく手紙。

 それに代わって、黒峰が口を開いた。


「出灰のですら厄介なのに、霖太郎の能力までスタンプにされちゃ敵わん。その点、鋼音が“不退転”で攻撃してくれれば善道がコピーするのは使いにくい野太刀一本で済む」


「使いにくい……?」

「僕以外には、って意味ですよ小雛ちゃん」

「そうっスかね……」


『以上を踏まえ、鋼音さんを全力でバックアップするというのが大きな方針です。ぼたんちゃんの“天眼”を通して霖太郎さんと景色が外付け能力の補助、私の“プラネタリウム”と愛さんの“|ただし、以下の条件については考慮しないものとする《マスマティック・ケース》”で戦局的な補佐を行う形です』


「いやぁ、しかし綺麗な声っスね。アレ直で聞いてたとか鋼音さん役得だったのでは?」

『ん、んん! 小雛さんは制作の方を急いでください。ガジェットがなければこの作戦はご破算なんです』

「はいっス」


「ところで手紙さん、出灰……景色がいまどこにいるかわかりますか?」

「あぁ、出灰なら姉に会いたくないって軒先を探しに行ったよ。なけなしの“影素”を提供してもらった手前、悪いとは思うけどな。伝言を預かっているが?」

「いえ。あいつのことだ、『オレの“影素”は最強だ』とか言ってたんでしょう」

 鋼音の質問に黒峰が答えた。手紙ならその能力で出灰の場所がわかるのだが、彼女は何も言わなかったが、出灰の伝言を当ててみせた鋼音を観て、弟が良き理解者に恵まれていることがわかったのかくすり、と笑んだ。



◆◆◆



 大塔・ターミナル内部。

 昨晩のうちに市長室の隠し通路からエレベータを介し、一子と善道は塔の最上階に来ていた。


 主に記録用のコンピュータが林立するこのフロアにて、赤座一子は黒い腕で拘束されていた。

 少女が善道を睨む目つきに衰えはないが、顔を見ればその疲労の度合いが計り知れる。


 その善道はといえば、あれやこれやと理由をつけて、一子を説得しようとしていた。

「君は外の世界を見たことがあるかな?」

 壮年の男が、コツコツと革靴を鳴らして歩きながら語る。その言葉は一際重く、そして厚く、疲弊もあってか一子は自然と聞く姿勢になっていた。

 今まで連ねてきた理由は全て本心といえど方便であった。この質問こそ善道の本命。疲労がピークに達したとき、人間は外部からの情報に対する抵抗力を失う。説得には絶好の機会だ。 


「――退屈、というべきかな。この盟元市の外は時間が停まっているといってもいい。覇気がない。甲斐がない!

 彼らにとって君たちアウターは、いわば出る杭だったのだろう。出る杭は打たれ、この盟元市に追いやられた。その結果があのザマだ。ふざけおって」

 その憤りは、一子には欠片もわからなかった。生まれてこの方この盟元で暮らす一子に、外の話をして通じるものか。


「出る杭がなければただの平坦な道だ。不毛な砂漠と変わらん。杭が出ているからこそ、より高みに登れるのだよ、人間は。彼らはそれを拒んだ。

 ……私が導かねばならない。凡人どもと君たちアウターとの懸け橋を作り、人類としてより高い次元へ行く。そのために私は尽力しているのだ!」


「あんたが何を言いたいのか、アタシにはさっぱりわからない」


「…………」

 善道は皺の刻まれた顔を一層歪ませ、一子を見下ろす。


「ふぅ。……君たちアウターは我々人類の礎なのだ、と言いたいのだ。わかるかね? 絶滅した恐竜は確かに絶大な力を持っていた……が、絶滅した。恐竜と戦い生き延びた哺乳類は絶滅を免れ、こうして人類が高次消費者として君臨している。それと同じだよ」

「だから、わかんないって言ってるだろう」

「ふん……。ではカードを変えよう」


 言って、善道はコンピュータに備え付けられたカバーを上げ、ボタンを押した。警告音が鳴ると、床から円筒状の装置がせり出してきた。

 装置の中には、液体に浸された女性のものと思しき左腕が浮かんでいる――。


「悠芽!」


 一子には、一目でそれが恩人のものだとわかった。物語に出てくる妖精のような神秘をまとった腕は、一子を脱走させる際悠芽が切り離したものだ。


「ふくくく……わかるのか。そうかそうか、なら話は早い」

 装置に手をつき、善道は笑う。

  

「不老不死……ふくくくくくっ。人類の到達点の一つだと、そうは思わんか?」

 一子は顔を歪める。


「五年前、日比野悠芽が脱走したことによって、私の計画は頓挫した。あろうことか不老不死のくせに絶命し、挙句の果てに第二候補であるきみをも放逐したという。“プラネタリウム”は一向に口を利かんし、さてどうしたものかと地道にきみを追い回していたのだ」

「――――」

「すでにわかっていると思うが、白崎鋼音が傷ついてきたのは全てきみのせいだ。きみが悪い。それがわかっているからこそ、きみは私に同行した。きみの大事な鋼音くんは、いまちょうどゼロの位置にいる。それは正しいことだ。では、もっと正しいことをしてみよう。きっと幸せになれるはずだ」

「――ぁ」

 わかっているよ、そんなこと――そう言いかけて、言葉は声にならなかった。


 赤い瞳にじっと見つめられた、フラスコの中の左腕。 

 ――夢の中で、悠芽に逢う感覚……。

 戸張カコイに仮死状態にされたとき、少女の意識を鋼音の下へ送り返したのは、ほかならぬ日比野悠芽だった。


 不老不死。肉体は死んでも、その魂は、心は生き続けている。ただそこにいないだけ、ただ誰にも知られないだけ、ただ誰とも触れ合えないだけ――約束された永遠の孤独の中で、日比野悠芽は赤座一子を見守り続けていた。


 お幸せに、と放った無責任な願いは満たされていた。願わくばあの白い少年の傍らで、赤い少女が笑っていられるのならば、と悠芽は切に祈った。


 ……お願いだ白崎くん。勝手は承知だが、この子を助けてくれ。幸せにしてやってくれ。愛してやってくれ。

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