接続・曖煙祈媛 赤座一子
"プラネタリウム"
白崎鋼音は、巣小森工房で浴槽に漬けられていた。
張られてるのはお湯ではなく、これまで小雛が集めてきた“ディアワン”の欠片だ。石膏で型を取るようにして、鋼音は埋められている。
「黒峰先生、約束っスよ」
「あぁ、もちろんだ」
工房のある土間からは黒峰に縋るような小雛の声が聞こえる。
黒峰研究所は、今回の事態の収束にあたり、巣小森小雛を頼る方針を執った。善道に立ち向かうにしても、研究所の手札だけでは足りないことが昨夜証明されたからだ。これを受けた黒峰は鋼音の知り合いを、ぼたんは自身のコネクションを訪ねることにした。
さて、小雛は本来頭を下げられるはずだったのだが、いまこうして懇願しているのは彼女である。まさかの展開に黒峰も引き気味である。
黒峰からの依頼は『白崎鋼音の回復と、日没までにできるだけの装備を整える』こと――“ディアワン”の回復力に浸し、鋼音を戦える状態にすること、それから黒峰研究所の戦力を鋼音に扱えるガジェットとして制作すること――だった。
その対価と必要経費として差し出された黒峰らの研究データ一式、および以後の研究協力の要請に小雛は目の色を変えた。A等級相当のアウターである出灰と霖太郎の能力を直に触れることができる上、盟元市で大きな発言力を持つ風花ぼたんとの関係を取り持ってくれるというのだ。一介の刀鍛冶である小雛にしてみれば一攫千金、千載一遇の出来事なのである。
◆◆◆
二百リットル浴槽いっぱいの破片が浸み込んだので、鋼音は浴室から土間へと向かった。黒峰と小雛の商談が終わりってから二時間ほどのことである。二人は白い容器にそれぞれ黒い砂のようなものと血液を馴染ませている。
「具合はどうだ?」
腕に採血用のチューブを繋いだ霖太郎が声をかける。
「小雛ちゃんの収集癖に感謝だよ。いつもより調子がいい」
「そうか。もう少し痛めつけてもよかったかもな」
「勘弁してくれ。……これは?」
「“ディアワン”の拡張パーツというべきかな」
ふふん、と鼻を鳴らし、わけのわからないウサミミバンドをした黒峰が立ち上がった。
「戦えるのは“ディアワン”で回復できた鋼音……お前だけだ。しかしお前一人では勝てないし、万が一勝てるにしても
雑な字が刻印された手のひら大のカートリッジを投げて寄越す黒峰。
「この間の“影素”のように、“ディアワン”の中に霖太郎の血液を生理食塩水で薄めたものが入っている。“影素”のように蓋が開けば勝手に効果が表れるものではないが、“ディアワン”を経由すれば霖太郎の能力の一部を使えるはずだ」
「はぁ……」
「本来は霖太郎のように血液を操作する能力も必要なんだが、お前の場合は例外だ。“ディアワン”の鎧は皮膚と一体化している……それをある程度改造・コントロールできるのなら――」
「
「そういうことらしいぞ」
「らしい……?」
えらく不明瞭な言い回しをした黒峰は、確かめてみろ、と言わんばかりに右耳に着けていたヘッドセットを鋼音に取り付ける。ふざけているとしか思えないウサミミの生えたバンドで固定するものだ。
『もしもし、愛さん? もしもし』
知らない女性が、知らない声で、知らない人を呼んでいる。どうすれば、といった表情を向ける鋼音に、黒峰研究所所長である黒峰愛は喋ってみろ、と促す。
「もしもし、白崎ですが」
『白崎……あぁ、貴方が白崎鋼音さん……』
声音というべきか、言葉の空気感が出灰に似ている女性だった。そういえば出灰がいないな、と鋼音は辺りを見渡す。
『初めまして、出灰手紙と申します。弟がいつもお世話になってます』
「え、えっ?」
似ているわけだ、と納得する余裕はなかった。出灰とは悪くない関係を築いてこれたと思っていたが、姉がいるとは聞いていなかったからだ。
『やはり……景色は照れ屋さんなのです。許してあげてください』
「………………」
『改めまして、出灰手紙です。……その、お恥ずかしいのですが、“プラネタリウム”と名乗ったほうが馴染みがあるかと……』
「――――え?」
目を白黒させ、いったんヘッドセットを外す。今になって『愛』というのが黒峰の名前だったな……と補完されたところなのだ。これ以上わけのわからない情報を流し込まれてはパンクしてしまう。
視線は出灰を探す。あいつだ。あいつさえいれば、黒峰の助手であり盟元市最高位のアウターである“プラネタリウム”の弟だという出灰さえいれば、この状況を上手く飲み込めるだろうに。
息を深く吸って、再びヘッドセットを装着する。ウサミミは妙に重くて邪魔なので外した。
「……改めて、白崎鋼音だ」
「えぇ。“ディアワン”の白崎鋼音さん、こんにちは。“プラネタリウム”出灰手紙です。……やはり精神疾患系だけあって、『一度心持ちを真っ白に切り替える』のがお得意ですね。それでこそ白い鎧の能力です」
「――っ」
尻込みしてしまう。
盟元市で最も価値があり、最も戦闘能力として秀でているのは観察する能力だ。それを検める分析力がこれに次ぐが、出灰手紙ともなれば観察した物事を精査する必要などない。得られる情報すべてが正しく、秘匿された情報が一切ないのだから。
だが、それもそれまでといえばそれまでのこと。
全て詳らかにされているというのなら、それにいちいち驚くことはない。
「……それで、“プラネタリウム”……なんの用だ?」
「私の目的は『赤座一子さんの保護』です」
……わかっているとはいえ、こうして痛いところを的確に突かれるというのは堪える。手紙がそういう風にいじわるな
ここまで来て、鋼音はようやく冷静になった。手紙が一子を保護するというのは、衒いもなく事実なのではないか、と思い至ることができたからだ。そうでなければ黒峰があたかも協力者のように二人を会話させるはずがないだろうし、そもそも“プラネタリウム”の能力を使えばいくらでもやりようがあるからだ。これまでそうしなかったのはこれまでの一子の状況を良しとし、今回関わってきたのは現状を良しとしないからだ。
少なくとも、善道を打倒し一子を救出するまでは、出灰手紙は利用できる――そう鋼音に確信させた辺り、やはり手紙のカード選びは卓越している。
「僕の目的も一子の保護だ。どうせ事情は全部わかっているんだろう? ……頼む、協力してくれ」
『初めからそのつもりです。しかし……改めてお願いされると困りますね、困ります……愛さんと変わってください……』
「? わかりました」
ヘッドセットを受け取り、イヤーピースを耳孔にハメた黒峰は、跳び上がった。咄嗟にピースを外したことから、向こうで手紙が叫んだのだと思われる。
「大丈夫ですか、黒峰先生」
「大丈夫なわけあるか! 白崎、こいつに甘い言葉をかけるのはやめろ!」
「……えぇ……」
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