断続・能力都市俯瞰風景/3

 天啓系S等級“プラネタリウム”。

 それが出灰手紙に与えられたラベルである。


 偽物の星空、などという大層な名前の代わりに失ったものは両親と友人、生まれ育った家や故郷だった。S等級などという身に余る評価の代わりに失ったものは、唯一この盟元に持ち込めた繋がりである弟だった。


 当時は思い悩みもしたが、事件や事故に遭えばどうせ失ってしまうだろうと気持ちを切り替えることができた。なにより、手紙には失ったものを覗き見る力が与えられたのだ。彼らからは見えなくとも、自分からは息災であることがうかがえる。


 あぁ。

 なんて孤独なのだろう。


 これでは草葉の陰から見守る幽霊のようではないか。


 大好きだった本も目を滑るようになったころ、手紙は真に幽霊にでもなってやろうかと思い至る。そんな彼女を引き留めたのが、自分より孤独で、自分より幽霊のような、不老不死の少女だった。


 少女とは気が合った。少女の知識は深く広く、彼女と話が合うだけの読書で得た知識にこれほど感謝したことはなかった。

 いずれ少女に引導を渡す約束をした手紙だったが、その契りは五年前に破られることとなる。


 夜空の星が輝くのをやめ、流星となって堕ちるかのようにして、少女は死んだのだ。誰かのために不老不死を投げ打ってみせたのだ。


 そのとき託された赤座一子という女の子の幸せ。


 しかして女の子は、慰める間もなく立ち去ってしまった。“プラネタリウム”をもってしても観測できないほど強力な強制力テクスチャで自身を隠し、遠く彼方へ走り去ったのだ。


 のちに視てみると、女の子は人気のない一角で大聖堂とも教会ともとれる大規模な能力結界を張り、引きこもってしまっていた。女の子を救い出すのに、出灰手紙は特殊探偵を営む友人とその知人ら、そして最低最悪のアウターを利用した。


 ……ことの顛末はさておき。

「違うでしょう、悠芽さん。流れ星になってしまったのだから、願いを叶えるのはあなたの役目なのです」

 暮らしている古書店の外で、悠芽がこと切れたのを視た。


「あぁ、流れ星は……願いの重みで墜ちるのですね」

 ……そうして零れた光を拾った私たちが、その願いを背負う番なのだ。


 赤座一子の幸せを守る。それが親友だった悠芽との新しい約束だ。


 かくして一人の少女を見守ってきた出灰手紙は、流星雨と曇天の夜を以て立ち上がった。



◆◆◆



 風花ぼたんは解決に向け奔走していた。誘拐事件として処理できるのなら、特殊探偵として存分に動くことができる。

 赤座一子が善道に攫われた以上、ろくでもない願いを叶えるに違いない。それを阻止しなければならない。


 息を切らして向かったのは盟元市の中心街である非隔離地区だった。

 非隔離地区はC,D等級のアウターのほか、それぞれの思惑で盟元市に居や店を構えるアウターではない人間が生活している。一子が来たがっていたお化け屋敷……を含むアミューズメントパーク……もここにある。


 繁華街のメインストリートであるアーケードを脇道に逸れたところに、ぼたんの目的地はあった。

 やや経年劣化を感じさせる店構えと、入口にぶっきらぼうにかかれた『古書店』の文字。中に客の気配はない。


 からん、と鈴の音が鳴り、店内に来客を告げた。

 本の保存のため仕方ないとはいえ、店内は薄暗い。まだ明るい外から入ってきたぼたんは目を細める。

「手紙ちゃん、手紙ちゃん」

「いらっしゃい、ぼたんちゃん」

 手紙は蚊の鳴くような声で親友を迎えた。

 いつものように胸元に差し出された頭を撫でながら、手紙は目を細める。


「事情は全部知ってるよ、ぼたんちゃん」

「いやぁ、やっぱり敵わないなぁ」

 探偵としての自信をなくした、とぼたんはうなだれた。撫でられた体制のままだったので、手紙のみぞおちに頭突きをかますことになる。大きめな胸での軽減こそあったが、もともとが貧弱で脆弱な手紙はうめき声を上げた。


「そ……それでぼたんちゃん……ぅ、頭突きをやめてください」

「やだ。疲れた。柔らかい。もうちょっと」

「……ではこのままで。

 結論として、私は協力を惜しみません。でも、みなさんと合流するわけにもいきません」

 陰もなく、いや影もなく手紙は宣言した。会えない理由があるのではなく、ただただ彼女が気恥ずかしいだけなのだ。


「うん。ありがとう。あとはわたしの“天眼”でなんとかする」

「こちらこそありがとうございます。その、友達と約束したんです……一子ちゃんの幸せを保証する、って。それで、このようなことになって……ぼたんちゃん、頼ってくれてありがとう」


 星空のような瞳が揺れる。

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