その夜/重なる色と色の果て/黒の中
地に伏す霖太郎と出灰。
霖太郎は“血湧き、肉躍る”の酷使による失血で、出灰は“影素”を操る脳のキャパシティオーバーで、それぞれ意識を失っている。このままでは間違いなく死ぬだろう。
最後まで立ち続けた鋼音だったが、今はほぼ鎧の剥がれた白い体を、地から生えた黒い巨腕で吊るされていた。最後の力を振り絞ろうと点滅する“ディアワン”だが、黒腕に付与されたスタンプの効力で黒の中に呑まれていく。
横から“戀熱生理”の劫火が迫るものの、カコイごと二本目の腕に阻まれてしまった。
「敗北は一切の恭順なのだよ」
背に手を回した善道は、座り込んだ一子へと歩き出す。少女を守るために“ただし、以下の条件については考慮しないものとする”によって文字通り理論武装した黒峰が、ぼたんの“天眼”のバックアップを受けて鉄パイプで殴りかかる。これもまた腕によって防がれ、二人とも捕縛されてしまう。
「さぁ、私と来るんだ――“願いを叶える”少女。私の不老不死実現のために」
「ふ、ざ……」
「ふざけんな……!」
意識を失う寸前に声を絞り出した鋼音と全く同時に、一子はそう応えた。
恐怖で歪んではいるが、老人を睨みつけるその眼差しは敗者のそれではない。
「ふざけるな、はこちらの言葉だよ。大人のいうことは聞くものだ」
「てめぇのわがままで街一つ滅ぼそうとして、あたしの大切な人たちを傷つけて――そんな大人があるか」
「あるだろう。少なくともここに、一人」
「はっ。ンな大人の言うことなんて聞いてられるか。あんたはあたしに用があって、あたしはあんたに付き合う気はない。交渉決裂だ。じじぃ、オマエ政治家ってやつなんだろ? だったらここで一旦退いてみるくらいの器用さはあるだろう」
「ははは……そうか、そうだな。だが、私もこの盤面に持ち込むまでの投資があった。ここで引き下がるというわけにもいかないのだよ」
「だったら、あたしが引き下がらせてやるよ」
怖気付きながらも、それを悟らせまいと一子は気丈に振る舞う。
不敵な笑みを浮かべて、中空に右腕を伸ばす一子。善道はそれをじっと見つめる。
「あたしの能力はあんたも知ってるだろう。あたしだって、この手で誰かをどうこうしたくないんだ。下がってくれ」
「……………………」
沈黙の末、善道は失笑した。
哄笑に、一子は眉を顰め声を荒げる。
「帰れって言ってんだよ! 二度と関わるんじゃねぇクソジジィ!」
「ははははははっっっはっっははっはははっははっ! は、ははは、は……。大人をからかっちゃいけないよ」
「……は? いいから失せろ!」
「失せろ、か。それが君の真意で、君の能力が本当に“願いを叶える”だけならば、なるほど私は恐らく死んでいただろうに」
「――」
赤座一子は豪胆ではあったが、善道にしてみれば経験が圧倒的に足りていない。踏み込めてはいるが踏み切れてはいないのだ。決定的な差を突き付けられた一子の額に冷や汗が伝う。
「君の能力の正体は“他者の願いを聞き入れ、叶えること”だろう。君自身の願いは叶えられない欠陥品……君はアウターではない。やはり、ただの道具なのだよ」
「っ……」
S等級という判定は、即ち研究都市である盟元市にとって最高の研究材料ということだ。A等級までならばまだ人間扱いされるが、Sともなれば人格以上に能力の価値の方が高いのである。
「それがこの街の現実だ。君の扱いだ。……だから私が
その瞳には、真っ直ぐな光が宿っていた。彼は自らの正義の下に行動しているのだ――
「アウターは押し並べて道具だ。異能力、大いに結構! 差別も、偏見も、そこにはない。この街を、この国をより豊かに、より強くするための利器であり兵器こそが君たちアウターだ」
――だからこそ、やはり、許せない。
「そうだな……ならば対等の相手として交渉してみようか。私と来てくれるならば彼らの命を保証しよう」
「…………」
「欲張りだな。ならこうしよう……『彼らの傷を癒した上で今回の被害は全ていまこの場で補填する』。つまり、私が今晩話を持ち掛けた際、君が一つ返事で請けてくれた状態にしよう。しかしダメージはダメージだ。しばらく意識は回復しないだろうし、能力も満足に使えないだろう」
「……っ」
一子の視線の先には、黒い腕に生命力を奪われ続けている鋼音がある。
瞳が揺れ、逡巡は終わった。
「少し、時間をくれ」
「受諾だな? いい決断だ」
夜が更けていく。
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