死闘、漆黒、執行、思想葬送
「改めましてこんばんは、愛しきアウターのみなさま。市長の善道数多です」
――正真正銘、本物の善道が召喚された。
「要件は先ほどお伝えした通り。そちらの赤座一子さん……“願いを叶える”という能力を有するアウターの身柄を引き渡していただきたい」
善道の表情は弛緩している。微笑みとも嘲笑ともつかない形に口元は歪んでいるが、概ね無表情と表現してよいだろう。
「善道数多ぁぁぁッ!」
着地したそのまま、スラスターを噴かせながら地面を強く蹴りつけ善道に迫る鋼音。疾走の中の僅かな滞空時間に《浮遊》を発動させていたことが、十間……二十メートル弱の距離を三歩で縮めたカラクリだ。摩擦熱を貪り尽くし加速するカコイの戀熱生理とアプローチこそ異なるが――《浮遊》は三次元の位置情報に干渉し、座標を移動させるという物理的ではなくグラフ的な移動だ――その挙動は酷似している。
「ふくくくくくはははははっ」
振り向きざまに横顔を殴られた善道は、何事もないように嗤った。彼の首筋に浮かぶ光の痣が《
《接地》が発動している以上、善道の体が何かに触れている限りはあらゆる衝撃が触れているものに流される。現に、善道の足元を中心として大きな亀裂が地面に刻まれた。
しかし、鋼音も善道がこのような対策を敷いてくることは想定済みだ。善道の首筋に呼応するように、鋼音の右腕の痣も輝く。
「“《浮遊》
痣は拳へと伝わり、善道の体は見えざる手に運ばれるように吹っ飛んだ。殴りつけた相手に単純ベクトルを叩きつける、《浮遊》の応用である。《接地》は戀熱生理と同じく物理的な衝撃にしか作用しないのだ。
その様を見やると、少し苦い顔をして鋼音は口を開く。
「戸張、一子とぼたん先生を頼む」
ここまでの戦闘で、霖太郎は半ば戦闘不能だ。出灰と黒峰もまた、能力の酷使によって戦闘不能といって差し支えない。いま振り分けられる戦力で、一子を防衛できるのは戸張カコイ以外にいない。
一度とはいえ一子を手にかけたため鋼音は気が気ではないが、背に腹は代えられない。その後の一子とのやりとりやぼたんの存在も加味して、ここはカコイに任せるほかになかった。
「はい、鋼音さま」
その打算的な頼みにカコイは、純粋な親愛と信頼で応えてみせた。
戸惑い、立ち止まる一子を促しながら駆け出す三人。ぼたんの“天眼”があれば、逃走において重要となる情報量も申し分ないだろう。
否。
『《
電子音を鳴らしながら、少し埃を被った善道が三人の前に立ち塞がった。
「ふくくくくくっ」
頭の中は野望の成就した世界で一杯なのだろう。善道は笑う。
一子に伸ばされた掌にも痣がある。その痣が、間違いなく致命的なものであることをぼたんは察した。カコイを前にして出された掌だ。卑劣な能力に違いない。
(これはマズイな……)
(参りましたね……)
逃走開始からまだ百メートルも移動できていない。ぼたんとカコイの頬を冷や汗が伝うが、この場面ではロクに逃げられていないことが幸運だったといえるだろう。
そこはまだ、出灰の射程圏内だ。
伸びた腕を影素がギロチンのように断った。
『《
間断なく、善道の新たなスタンプが発動される。
今度は“何かを生やす、成長させる”といった概念を実行する能力のスタンプだ。これにより、失われた老人の腕はその切断面から生え変わる。
「斬ってダメなら……!」
本来なら《芽生え》の再生の余地もないほど人一人を挽き肉に変えることのできる出灰の影素だが、彼はすでに限界を超えてしまっている。スタンプの補助があったといえどB等級居住区全域に能力を発揮し続けたのだから無理はない。
そんな最後の力を振り絞って、新生した腕を拘束する。
『《
それに対抗して善道が使用したのは三つのスタンプだ。
事実から語るに、善道が体感した情報を取り纏め分析し解析し、スタンプを作り出し、発動したのだ。
そうして作り出されたのが――
『《
本来出灰以外には認識も理解も操作もできないはずの“影素”だった。
ざざざざ、と騒ぎ立てながら、一握の砂ほどの量の影素がせめぎ合う。経験の差や本来の能力者であることも相まって出灰の方が有利かに思えたが、善道はあらゆるスタンプ――現在判明している分では二十と少し――を同時に発動することで食らいついていた。
「ふっ!」
「うおらぁッ!」
その拮抗を崩すべく、鋼音の手刀が、霖太郎の即答が振るわれる。まず《浮遊》撃によって《接地》を無効化し、血装を纏った重機じみた蹴りを背中に打ち込むという単純ながら有効な連携だ。
空中で後頭部と踵が触れそうなほど仰け反った善道の体は、彼の胸から放たれた魔法陣に飲まれる。《サークルスペック》の恩恵の一つ、”サークル・ゲーティア”とリンクしてのソロモン七十二柱の使役だ。シジルはアガレスという時間を司る悪魔を示した。即死したはずの善道は、即死する前の善道として再び屹立する。
「ちっ……」
戦士三人はそれぞれ舌打ちをしながら次の一手を構えた。
予想通り、善道はあらゆる能力のスタンプを扱えるということで間違いないだろう。全てのスタンプに適性があり、同時にいくつも発動することができる。極め付けは後出しでスタンプを作り出すことができるというのだ。
そんな万能を相手に、霖太郎と出灰、それに黒峰とぼたんはある打開策が浮かんだ。しかしながら、この手を打つわけにはいかない。
思考を巡らせながら、鋼音たちは血にまみれながら、数えて五十を超えるスタンプ能力の猛攻を凌ぎ続けた。
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