善道数多/機縁盤上(ストレンジャー)
夜を裂くような白が三つ。
一つは鋼音、のこり二つは《流星群》を操る善道と《分裂》で増えた善道の人影だ。分裂は本体である流星群の方を狙う鋼音を足止めしている格好だ。
霖太郎が相手をしている柊は、少し離れたところで見るだけでもすでに瀕死だ。暴力的な電撃といえど、霖太郎に任せておけば大丈夫だろう。
戦局を鑑みるに、当然善道の流星群を止めることが勝利の鍵だ。
『鋼音くん、右だ!』
鋼音の頭に、ぼたんの声が響く。
天啓系B等級“天眼”。パスの繋がった相手と視界の共有や念話などを可能とする風花ぼたんの能力によるものだ。
指示通りに回避した鋼音の頬を、隆起したアスファルトが掠める。
「――」
それに対して分裂体の方の善道は、鋼音が回避した先へ《アスファルト》のスタンプで操作した塊を向けるだけだ。その速さと正確さこそ攻めあぐねるほどのものだが、それでもぼたんの支援を受ける鋼音の敵ではない。徐々に動きを最適化していき、”不退転”で分裂体を袈裟に切り捨てる。残骸はアスファルトに変化し、バラバラと崩れ落ちた。
その結果に、ぼたんは背筋を凍らせた。
(まさか……いや、考えている場合じゃない!)
この警鐘を伝えなくては。
ぼたんは天眼を通して、鋼音に訴える。
『今すぐその残骸から離れろっ!』
鋼音の反応は早かった。指示に対し間髪入れず、三間ほどの距離を取る。
直後、独りでに《分裂》のスタンプが発動した。
砕け散ったアスファルトを依り代とした《分裂》は、今度は三体だ。
ぼたんの推理通り、《分裂》のスタンプは自律型の能力の片鱗だ。であるならば、その発動も再発動も自動で行われるのだろう。
『鋼音くん、残念なお知らせだ』
念話は、心なしか息苦しそうだ。
『そのスタンプは、本体の善道を倒さない限り発動し続けるかもしれない』
「嘘だろ……っ」
三方向から放たれる足場を崩しながらの攻撃を、殴り砕いて破片を踏み場にした跳躍で距離をとったり、あらゆる手段を用いて避け続ける鋼音は、息を切らしながら呟く。
猛攻の最中、鋼音は視線をあちらこちらへ、あらぬ方向へ泳がせる。迫り来るアスファルトの波と宙に浮く善道本体を交互に指差すと、ぼたんにサムズアップを向けた。
はぁ、とぼたんがため息をついたのを合図に、鋼音の挙動が大きく変わる。”不退転” は鎧に還元され、これまでいなしていた波濤へと走り、それを足がかりとして高く跳び上がる。
「――!」
その変化に、分裂の善道らは冷静に対処した。上に逃げた鋼音は落下するだけなのだから、下から突き上げるように、不規則な隆起で攻め立てるという方針を執ったのだ。
上へ、上へ、上へ。串刺し刑から逃れようものなら墜落死を免れなくなるような、取り返しのつかない高さまで鋼音は押し上げられていく。尖塔を駆け上がる白い愚者の目は、それでも何かを目指している――。
その対応を確認したぼたんは、それを見つめたままこの戦場唯一といっていい安全地帯であるカコイの元へ向かった。彼女の“戀熱生理”であれば、天地がひっくり返ろうとも耐えることができるだろう。戦闘できない一子と、脳と能力のキャパシティ全てを流星雨への対応に回している出灰、黒峰の三人は彼女に匿われている格好だ。
「捉えたぞ、善道!」
高々と聳えるアスファルト塊は、分裂たちが鋼音を上へ上へと追い立てた結果だ。それが鋼音とぼたんの策――“天眼”のサポートを受けた鋼音が、打ち上げるアスファルトを利用し善道本体へ辿り着く無謀なものだったが――とも知らずに、自動人形たちは必死に能力を行使した証拠だ。
スタンプの能力を過信していたわけではないが、結論から言えば善道は油断していた。
複数のスタンプで能力を補い高めあうことができるのなら、複数人の能力を併せることで同じことができるという当然の理屈に至れなかったのだから。
その一切は、善道の理念に基づいた失態だ。
「所詮っ……分裂なぞに任せてはならんかったか……ッ!」
《分裂》が自分ほど優秀であれば、判断ができれば、対処ができれば、このようなことにならなかったのだ。
鋼音の拳に頬を殴り抜かれながら絞り出した叫びこそが、善道の敗因である。
善道の意識が途絶えたのと同時に、彼の体から三つのアンプル――《光》、《雨》、《浮遊》――が弾き出された。同時に、出灰の“影素”と激突していた《流星群》が無力化され、暗雲が晴れる。三体の分裂もまた、瓦解し二つのスタンプを吐き出す。
「なるほど……光を雨のようにした上で、浮遊で自分と光を空間の中で三次元的に操っていたのか」
黒峰が顎に手を当てて考察するなか、ぼたんが天眼を通して叫ぶ。
『鋼音くん! 《分裂》の《アスファルト》も解ける! 向かって一番下、《浮遊》のスタンプをッ!」
地上百メートル超からの自由落下。ここまで連戦に連戦を重ねた鋼音の……”ディアワン”の防御力では、これに対応できない。
ぼたんの指示を受け、鋼音は目当てのスタンプを掴み取った。スタンプに内包されていた水銀のような粘体は試すように鎧に絡みつくが、鋼音の適性を認めたのか右腕に溶け込んでいく。
『《
電子音と共に、鋼音の体が空中で停滞した。スラスターから噴出されるエネルギーが、彼を重力から解放させている。
「ふぅ……」
ひとまず場を収めた鋼音は、自分の代わりに浮遊能力を失い落下する善道を見やる。
「…………」
老躯を見やる瞳に、これといった感情は認められない。
善道の体はカコイらの元へ降っていく。そのショックに耐えるためカコイが前に出ると、善道はその衣服や装飾品だけを残して砂のようになった。
それぞれに驚愕の表情を浮かべる黒峰研究所の面々。肉体が砂になったことと、その砂が幾何学的なサークルを描いたことに、黒峰は合点がいった。
「そのサークルから離れろ、一子!」
黒峰はこの陣に心当たりがある。精神疾患系B等級“サークルスペック”は、幾何学模様に効果を付与することのできる能力だった。行使したい命令が複雑であれば複雑であるほどその模様は難解なものとなり、何より模様は能力者ではなく能力側が決定している……つまり本人ですら解析しなければロクに使いこなせない欠陥能力である。それでも多種多様な能力を行使できるという点、研究によって状態が改善されるという点からB等級判定となっている。
この模様が意味するところは、つまり――
「改めましてこんばんは、愛しきアウターのみなさま。市長の善道数多です」
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