最高速度の精明体エネルギー

 恐らく、柊が戦えるのは今晩だけのはずだ。それ以上は生死にすら関わる。彼女にとって、これは決死の戦いなのだ。出灰のいうところのプライドを投げ打ってでも為さねばならない戦いなのだ。


 その眩しく気高い雷光獅子ライオンの如き少女に、霖太郎は戦士として尊敬すら覚える。


「――だからこそ、血湧き、肉躍る!」

 霖太郎の身体機能系最高峰の能力、“血湧き、肉躍るブラッドロード”もまた、アクセル全開で吠え立てるblood loud。全身の血管が膨張し、破裂し、再生し、体表に真っ赤なラインが走る。その模様はまるで虎のようだ。


 驚異的な瞬発力に加え、電磁と建物の鉄筋コンクリートの間に生まれる磁力を利用した起動によって、柊の姿が消えた。霖太郎の視界に入らないのは、単に死角に入ったからではない。超スピードと雷光の目眩ましの合わせ技で、霖太郎の視力そのものを奪い続けているのだ。更には雷電によって急激に熱せられた空気で生じた高温と衝撃波、耳をつんざく炸裂音、鼻を突く柊の肉が焦げ落ちる臭いによって、霖太郎は五感のうち味覚以外全てが使い物にならなくなっている。

 戦闘中に……そうでなくとも、だが……味覚以外を押し潰されてパニックに陥らない者はいない。


「――」

 だからこそ、彼はニヤリと笑った。


 どん、という音を響かせて、百万ボルトを纏った時速三百キロの右ラリアットが霖太郎を打つ。

 その電撃、その衝撃、その他どれをとっても過殺気味な一撃を、しかし霖太郎は耐え切った。ガードというよりはいなしたように払われた左腕は赤錆色の湿った皮膜に覆われ、脹脛からは数十本の杭のようなものが地面に突き刺さっている。


 これらは全て霖太郎の血液だ。皮膜が衝撃を、杭が電撃を全て緩衝し無力化したのだ。目に見える血液だけでなく、彼の全身に巡るそれらもまた、徹頭徹尾柊の感知とダメージの軽減に動員された。


「⁉︎」

 その結果に、獣ながらにして柊は驚く。

 “全自動反射”によって辛うじて制御可能な加速状態の《ライオン》を、最低限の動作と能力で完封されたのだ。彼女にとっては、五感をほぼ完全に潰された上、仮に見えていようと聞こえていようと反応できず、防御したとしても即死するような一撃を見舞ったはずなのに、この男は無傷のまま愉しげに笑っている。


(……“血液を操る能力”……………………)

 何か掴みかけた柊の左側頭部を、皮膜を被った右拳が殴り抜けた。持ち前の反射神経と電圧の盾、霖太郎の血液に走る鉄……ヘモグロビンに作用させた磁力の反発で頭蓋骨の破砕は免れたが、毛先数センチが切り取られた。


(そういうことか……!)

 霖太郎の超反射の正体は、先ほど柊が回避の足がかりとしたヘモグロビンだ。


 彼は自身の血液を思いのままに操ることができる。当然、ヘモグロビンも彼の支配下だ。《ライオン》ほどの大電力ならば当然金属であるところの鉄分は反応するし、霖太郎はそれを感じとることができるのだ。制御不能な雷電の衝撃もまた、体内の血液を大きく震わせる。主にこの二つが、五感を喪失して尚霖太郎が平素である理由だ。


(あたしが電気を使う限り、このデカ男は絶対に反応する。あたしが打撃を与えても電撃を与えても、血液で衝撃を和らげられてしまう……。あたしが能力を使わなければ、きっと一撃で…………)

 思考しながら手癖で触れた毛先が、柊に最悪を想像させた。

(なんて強力な能力……ふざけやがって……)

 それもこれも全てB等級の、実質A等級相当の能力のせい。柊はそれが許せない。


 遠寺姉妹は元々強力な能力者たちから虐げられるのが厭で善道に与していた。本来超越的な能力を持つが故に爪弾き者であったはずのアウターたちの中で、今度はより平凡な能力を持つアウターが肩身の狭い思いをしているのが、現在の盟元市の実情だ。彼女たちは善道と彼の作り出したスタンプによって新たな平等を街にもたらそうとしたのだ。

 その願いが、よりによって高位の能力者によって踏みにじられようとしている。


「ふ、ざ、け、る、なぁああああぁああああああああああああぁぁぁぁあぁッ!!」


 それだけは許せない。


 決死の覚悟で手に入れた《ライオン》だ。命を懸けなくてどうする!

 雷鳴の咆哮を合図に、電撃の鞭に打たれた周辺のビルが倒壊する。絶叫に呼応するように瓦礫の中から金属が柊に飛びつく。


 肉の裂ける音、骨の砕ける音――魂の叫ぶ音。


「“雷光獅子・ 鉄血獣王ライオンキング”ッ!」


 電磁力によって支配された鉄骨や鉄筋……その他諸々が、柊を芯として五メートルほどの獣を形作る。雷によって金色に彩られたその姿は、まさにライオンのようであった。

 なるほど、これならば受け流そうにも受け流せまい。打撃ではなく切る、刺すという方法でなら霖太郎の防御を突破できるだろう。


「……いいぞ、その調子で来い!」

 引き裂けそうな笑顔を浮かべた霖太郎は、文字通り血相を変えた。


「血闘術『血装・甲盾』!」

 霖太郎は血液を操るという能力の性質上、その体質も常人とは一線を画している。大元の血液量もさることながら、その組成もまた常軌を逸しているのだ。全身にエネルギーを与える血液の質が生まれ持って違う彼には、その体質に相応しい動き方、戦い方というものがある。例えば、彼の場合神経の電気信号よりも早く血液を奔らせることができる。それを黒峰主導の下技術体系として纏めた型こそが血闘術。その中でも血液の外部出力を伴うのが血装だ。

 甲盾はその中でも攻防一体に重きを置いた血装である。左下腕を覆うほどの大きさの、文字通り亀の甲羅のような盾だ、隆起した頂点と上下左右の突起は鋭く尖っており、単純なシールドバッシュでも大きな効果が見込めるだろう。


「GURULULURURrrrrrrrrrr!!」

 霖太郎に呼応するように、柊は雄叫びを挙げた。暴力的な突進と共に、まだ散らかっている鉄類が四方八方から霖太郎に降りかかる。

「そう来るか!」

 霖太郎もそれに応え、甲盾を展開させる。衝撃を効率的に緩和させるため設けられた亀裂から血飛沫が舞い、散弾を撃ち落とす/隙が出来た。

 意識の外、しかし真正面から、重機のような突進。咄嗟に甲盾で受けるが、守りを突破してきた数本の突起が霖太郎を刺す。

 押し出されながらも傷口から電撃が侵入するのを防ぐため、霖太郎は膨大な量の血液を噴き出した。入り込んだ電気エネルギーの排出と傷口を塞ぐためのコーティング、甲盾の補強に、突進のスカラー量相殺のための逆噴射……辛うじて即死は免れたが、これほどの出血では戦闘続行は厳しいだろう。


 そうして、吹き飛びながら夜空を仰いだ霖太郎は笑う。


 ひどく楽し気に笑い、空中で血をまき散らしながら姿勢を正し、地上五メートルほどで“雷光獅子・鉄血獣王”を睨みつけ名乗りを上げる。


「だからこそ……これでこそ……血湧き、肉躍る……!」

 たった一瞬だが、世界が息を呑むのを柊は感じ取った。


「血闘術『血装・“鮮紅猛虎・ 鉄血獣王ヤークトティーガー”』ッ!」

 その発動と同時に、柊を包む鎧に酷似した赤黒い何かが現れる。

 それは正に、《ライオン》の最終形態である鉄血獣王であった。

 柊は確信する。雷電と血液……根底にあるものは違うものの、彼我の能力の極致は同じところなのだ。


 二人は正面から激突する。

 迸る稲妻と飛び交う鉄鋲を環状に循環する血液が無力化していく。牽制戦は瞬く間に息がかかるほどの接近戦へと移行した。互いの鉄血獣王を破壊し、自身の鉄血獣王を修復し、

               破壊し、

                  破壊し、

                     破壊する!


「おおおおおおおぉぉおぉぉおぉぉおおぉおぉッ!」

「GuluwoooowoooowwwwwooooooooooooXXッ!」


 決着は唐突だった。

 柊の首元から《ライオン》の核である発光が弾けるように消え、黄金の鉄血獣王が頭から砕け散る。


 その間隙に、彼女の頭より大きな赤黒い掌を振り下ろす霖太郎。


「楽しかったぞ」

「……ふふっ」


 こいつに一矢報いてやった――極限の中で柊は、わずかに焼け残った血液が歓喜に震えているのを感じた。

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