急襲

 藍より暗く黒より青い晴天の異常に真っ先に気付いたのは風花ぼたんだった。


 夜空を埋め尽くすような光球の群れは、ぼたんの見る限りこの盟元市一帯を射程に収めている。莫大なエネルギー体であるそれらが攻撃に転化されようものなら、それは天地変動に匹敵する絶大な権能だ。一人のアウターに扱いこなせるものでは、当然ない。


 だからこそぼたんは叫ぶ。

「善道が来た! 善道が来たぞッ!」


「くそ。作戦がぱぁだ! これだから想定外は!」

 その声を聞いて、鋼音、出灰、霖太郎の三人は二階事務所の窓を蹴破り、通りに飛び降りた。続いて階段からイレギュラーに対応するべく頭脳をフル回転させている黒峰、ぼたん。最後に一子を庇うようにしてカコイ。


 電撃に撃たれたかのように、ぼたんが上空に視線を投げる。

 そこには宙に浮いた男が一人、大志にその身をやつすようにして、厳格にそこにいた。


 シルバーグレイのオールバック、相応に刻まれた顔の皺。宵闇よりも昏いスーツを着こなす初老の男の名は、善道数多。盟元市を異能者の掃き溜めではなく、超能力者の価値を認め、研究・発展するための都市に作り変えた現体制二人目となる男だ。先代が植え、善道が咲かせた、という声も少なくはない、正に英傑である。


 その善道が、今その手で盟元市を破壊しようとしている。

「はじめまして、になるかな。こうして会うのは初めてだろう。善道数多だ、よろしく」

 見た目よりも若い声で、善道は挨拶した。


「こうして、だと……。なるほど、市長さんはジョークが得意なんだな」

 黒峰が顔を顰めながら呟く。街を護るべき、アウターではないはずの男が、こうして誰よりも強大な能力を以って街を沈めようというのだ。誰一人として、この男……野心に燃える一人の男としての善道数多と出会ったことはないだろう。


「私とてジョークで済むなら済ませたいところだ。こちらの要件はわかっているだろう、黒峰くん」

 その声は重圧を生む。事実、言葉を交わす黒峰だけでなく、この場にいる全員が気圧されている。


「赤座一子の身柄はそこの白崎鋼音の預りだ。どうだ鋼音」

「冗談じゃない。二度と喋るな」

「生憎と、喋るのは大事な仕事なもんでね。なに、コトを進めるのは言葉だけじゃないさ」

 右腕を天高く掲げると、彼の支配する光球が輝きを増した。


「この手で盟元を動かしてきたのだ。この一振りでどうとでもなるのが道理だろう」

 天空が激震する。空に停滞していた流星たちが、善道の意思によって動きはじめたのだ。

 夜空一面に輝く絶望に対し、圧倒的な情報の処理速度で対応する者がいた。


「――“|ただし、その【権能】は【B等級地区】に限る《マスマティックケース》"ッ! 」


 天を仰いだ黒峰が、その眼から血涙を流しながら能力を発動したのだ。駆け巡る脳内電流の過負荷で、視界がバチバチと明滅する。


 その発動に伴い、激震は歪つな揺らぎとなって世界を狭める。

 決壊するように降り注ぐ光球は、揺らぎに呑まれその射程を大きく縮めた。全ては黒峰の能力である、“|ただし、以下の条件については考慮しないものとする《マスマティックケース》”によるものだ。

 等級にしてE。研究都市としてはほぼ無価値であるD等級を差し置き、最悪の判定を受けたその能力は、黒峰の指定した条件について……例えば空気抵抗や、変則的な加速を等速加速として扱ったり……科学を冒涜するほどに無視することができる。研究には一切使えないし使ってはいけないが、日常生活やあまり想定したくないこのような場面では非常に有効である。


「出灰! あとは頼んだぞ!」

 尋常ではない能力の負荷に鼻血を流しがら、黒峰は指示を出した。

「任せてくれ。オレの”影素”は無敵だ!」

『《増量ブースト》!』

 左胸に《増量》のスタンプを叩きつけた出灰の放つ“影素”は、黒い膜のように密集して流星群に向かっていった。轟音を伴って衝突する二つの超常物質は、膨大なエネルギーを地上に降り注がせながら――天蓋は、黒く染まった。この競り合いは出灰の優勢である。


 一人のアウター相手に最強のA等級と最悪のE等級の全力が割かれていることに目を瞑れば、状況はかなりいい。それに、善道が敷いた人払いないしは認識阻害の能力だろう……居住区であるにも関わらず人の気配もない。いらぬ乱入で被害者が増えることもないだろう。

 黒峰とぼたんはそれぞれこれまでの知識とこれからの予測で善道の次の一手を見切る。当初の予定からは大きくずれただろうが、それでも次に切る手札も最良のカードのはずだ。


 戦局を大きく左右しているといっても過言ではない黒峰の頭上に、雷音を纏った少女が飛びかかった。それを霖太郎が、捻りを加えた飛び蹴りによるインターセプトで無効化する。


「GUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 雷光の鎧に身を包んだ少女・柊が獅子のように吠える。

「なるほどな……」

 怜悧な視線で観察する霖太郎は、柊の実態を看破した。


 彼女の能力は“全自動反射”。それに加えられていると思われる《加速》。そして今全開で発動している、身体機能系A等級を元に抽出したであろう《ライオン》の三つ。そのうち、《ライオン》は柊のキャパシティを大きく逸していた。アウターとスタンプには適性があるらしいが、こと柊と《ライオン》との間にそのようなものが薄い。強大すぎる能力がアウターを呑み込み、獣の様相を呈している――。


 恐らく、柊が戦えるのは今晩だけのはずだ。それ以上は生死にすら関わる。彼女にとって、これは決死の戦いなのだ。出灰のいうところのプライドを投げ打ってでも為さねばならない戦いなのだ。 

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