対策会議
難しい話がはじまるというのなら、とカコイは黒峰たちと入れ替わるように一子を連れて奥の部屋へとこもった。
辛うじて読めなくもない字で、黒峰はホワイトボードに要点を書き殴る。字が汚いのは彼女の生来的なもので、書き殴ったからではないことを付け加えておく。
「現在わかっていることを整理しよう。……といっても簡単だ。『盟元市の市長である善道が、あらゆる手を使って赤座を奪おうとしている』。
それで、これがその『あらゆる手』の一つだ」
ことり、と音を立てて六つのスタンプがテーブルに並べられた。
《遠隔操作》、《強度操作》、《増量》、《思考同調》、《乱数反射》、《収納空間》――。
「解析してみたところ、適性があれば遠寺以外でも使えるらしい。どの程度活用できるかは使ってみないとわからんが……とりあえず、これは出灰に預けておく。使ってみてくれ」
やや迷惑そうに、出灰は《増量》を受け取る。こうして渡された以上は適性があるということだが、反面黒峰研究所メンバーでの被験者一号ということだ。なにより人一倍能力へのプライドが高い彼にしてみれば、あまり気が乗らないのも仕方がないだろう。
「このスタンプによる、全く別の能力の追加は……悔しいが革新的だ。いや、核心的、だろうか。現在の研究では先天的に得られる超常は一つなんだが、確かに後天的に……しかも限定的に追加するとなれば、まさに話は別だよ」
灯台下暗し、というべきだろうか。あえてタブーに触れるような行為、とも取れるだろう。初歩的すぎて能力研究を先に進めることに執心すればするほど見落としがちな大前提の否定に、黒峰はただただ感嘆する。この場にいる全員も、黒峰ほどではないにしてもその新しさに思うところがあるようだ。
「……で、だ」
脱線しかかった話を仕切り直すため、黒峰はわかりやすくメガネの位置を直す。
「善道はあらゆる能力のスタンプを持っていると考えて、まず間違いないだろう。あとは善道の手先のアウターがどれくらいいて、どんな能力で、どんなスタンプの適性があるかだ」
「それについては私から話すね」
ぼたんがホワイトボードの前に立った。
「まず遠寺姉妹の末妹、遠寺柊。四姉妹の内一人だけ善道と関係がないとは考えられないから、この子はまず間違いない。能力は“
「どうかな、というのは」
「きみの経験を踏まえて、鋼音くんならどんな能力を追加する?」
スタンプと鋼音……いや、ハガネの“Sicks”は多数の能力を獲得するという点について類似している。ならばある程度の類推ができるのではないだろうか、というのがぼたんの真意だ。もっとも、鋼音自身はただ単に意見を求められただけだと思っている。
「……僕がその柊とかいうのなら、例えば単純にスピードを上げたいですね。反射するにしても体が追いつかなきゃ意味がない。それから……いや、…………」
二つ目の候補を思いつくが、鋼音は言い淀んだ。
「どうした、白崎」
それに気がついた霖太郎が声をかける。
「いや、いくら発展・強化するからってここまでするか、って思って……」
「白崎、言ってみろ」
黒峰が促すと、鋼音はそれでは、と口を継いだ。
「……電気の能力です。反射神経の能力なら反射の電気信号を増やしたり加速させたり、って考えるかもしれない。
そもそも磁力を操ることができれば単純に強い。ただこれをやると、その……柊の能力がいらなくなる。
もちろんどこまでできるかはわかりませんが、向こうも準備のために練度を上げてくるでしょう。スタンプが研究内容なら尚更だ。
電気の能力をある程度究めていけば、直接的な攻撃力はさておき殊反射については十二分なものになるはずです。それこそ、“全自動反射”が要らなくなるくらいには。邪魔になるくらいには」
「俺は賛成だ」
霖太郎が頷く。
「俺の能力も、血液の中に電気信号走らせたり鉄分を操作して磁力に干渉させることができるが、新たに電気系の能力が手に入るならそれに越したことはない。身体機能系のスタンプで、それも単純なステータス向上が見込めるならみんな欲しいだろう」
「それは考えにくいな。オレだって、このスタンプとやらで何でもできるっていうなら使うけどさ。でも、だからって“影素”がいらなくなるなら話は別だ」
熱のこもった言葉を出灰は吐き出す。
「"影素"は俺自身だ。ほかのアウターにしてもそうだ。自分と同じくらい大事で、だからこそ能力の名前も自分の名前と同じくらい大事にする。便利だからってはいそうですかと捨てられるもんじゃないだろう」
「まぁ待て出灰。熱くなりすぎだ。……ただ、わからなくもない。遠寺柊の方もお前と同じく誇りがあるはずだ。そうだろう」
「黒峰先生…………」
「遠寺柊についてはこのくらいにしておこう。スタンプの適性のひとつが元の能力の発展・強化である可能性は高い。であれば出灰や戸張で十分に対策できる。電気系といっても、長雨のように片鱗を見せているわけでもないみたいだし、脅威にはならないはずだ」
言って、ホワイトボードに書かれた遠寺柊の名前に大きくバツ印が付けられた。
いかに反射神経がよくても、運動性が高くても、二人の広範囲に及ぶ能力なら無用の長物である。
「次に遠寺柊以外の協力者だが……風花先生、どう見る?」
「考えにくいかな。このスタンプの研究についてはターミナルに一切情報がない。先んじて動いていたのも軒先探偵くらいなものだから、善道が独自のルートで研究していたのかもしれない。例えば一人で、もしくは小規模で秘密裏に。どう繋がるかはともかくとして、スタンプを使用するのは遠寺さんたちだけじゃないかな。仮にも市長が一人の女の子を追い回すっていうのは、ちょっと印象がいいものじゃないしね。だからこそ離反のリスクも踏まえた上で真田を使ったわけだし、向こうが直接切れる手札はとても少ないはずだよ」
風花も要点をホワイトボードに書き込んでいくが、手が届かず下半分に情報が集中している。
「善道が直接動くってことは考えられないのか」
「それはないだろうな」
霖太郎の疑問に、黒峰が即答した。
「善道はそもそもアウターではない。盟元の外から仕事に来た為政者だ。それに歳も五十を過ぎたところだし、体力的に考えても無理だろう」
「――待って、黒峰先生」
切り返したのはぼたんだ。
「なんだ、風花先生」
「その……わたしはあり得ると思うの。確かに善道市長が能力を持っているというデータはないけれど、でももしかしたら“スタンプを扱う”能力があったとしたらどうだろう」
荒唐無稽だ。黒峰は心の中で呟く。しかし、それと同時にどこか腑に落ちた自分も感じていた。
「たしかに、スタンプがない時点では“スタンプを扱う”能力は確認・登録されないが……だがそうなると、矛盾が生じることになる。スタンプを十全に使えるからスタンプを開発した、ということになるんだ。なら、その能力はどうやって研究された? ありもしないものを扱う能力、ということになるぞ」
黒峰のいうことは正しい。
ありもしないものを扱う、という意味では出灰の影素もまた同じだ。しかしながら出灰は先に影素をばら撒き、その後能力の研究・開発によって自在に操ることができるようになった。彼がそうなるまで……盟元に追放され、黒峰が彼を保護するまで……相当な時間がかかったのだ。今回の矛盾とは大きく趣が異なる。
「そうなるとハガネの“Sicks”も矛盾することになりませんか?」
挙手して発言したのは出灰だった。
「アレはそもそも『自分以外のアウターが存在すること』『模倣するための大元のシステムがあること』を前提としていましたよね。系統や詳細は異なっても、アウターの持つ能力の根底が同じでなければそもそも成立しない能力だ。能力の存在を前提とする能力と、スタンプの存在を前提とする能力、どちらも同じではないかと思います」
能力の根源を証明し得る能力という意味でも、“Sicks”はS等級の能力だったとも言える。
出灰の説明に、黒峰は目を丸くした。数拍置いて、口元を歪めて、
「それ、いただきだ」
「これでも一応、先生の助手ですからね」
その瞳は、研究者特有の輝きで溢れた。
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