遠寺姉妹
(……どこの誰だかわからないが、厄介な技術を開発したな……)
複数の能力を持つということは、それぞれの能力の欠点を補うことができる、ということでもある。当然鋼音のようなA等級能力者ならば、自身の鍛錬と研究所への師事によって完全無欠の域に到達することができる。事実、防御力偏重の“ディアワン”もその応用による攻撃力、形状を発展させた機能の拡張、真髄である真珠色の神秘にまで至っている。
――しかしながら。
――しかし。
外付けのアイテムによって、即ち技術よってD等級のアウターでもA等級に匹敵し得る。それはあまりに革新的な技術なのだ。
鋼音は眉根を顰める。
A等級同士の戦闘は千日手になりがちだ。鋼音の絶縁的な防衛とカコイの絶炎的な生理のように、互いに弱点を突き互いに長所を叩き、それが拮抗するからだ。どちらかが相手の裏を完全にかくまで決着がつかない。カコイのような精神疾患系や橘のような本来の能力の使い方をしていなければ鋼音にも策はあるが、椿は本来D等級だ。隙らしい隙も小さく、幾重にも積層された能力が明確な欠点を隠してしまっている。
このままでは打つ手がない。
ため息を一つついて、鋼音は追撃の姿勢に入った。
椿も迎撃の構えを執る。《遠隔操作》のスタンプを押した左腕とは別に、首筋もぼんやりと光る。一際に、化粧によって縁取られた瞳が爛と輝いた。
そこでようやく、椿本人の能力が目に関する能力であることに気付いた鋼音だったが、その時点ですでに戦闘は終わっていた。
……座り込んだままながらにして《遠隔操作》によって間合いを大きく詰めた腕が、鋼音の胸を貫いた。接触した『白崎鋼音の強度』を極限まで下げ――鎧の神秘によって原型を保つ程度にまでにしか軟化できなかったが、椿にとっては十分だ――その心の臓を穿つ!
――椿の描いたそのビジョンは脆く崩れ去る。
鎧と肉の間隙に触れた掌が炸裂する。
ばっかり、と穿たれた鎧から黒い砂のようなモノが爆発的に飛び出し、椿の腰から上全てを吹き飛ばした。
影素は出灰景色の制御下にない場合、大気に触れると莫大なエネルギーを発する。加えて、“ディアワン”はこのエネルギーを抑え込むことができる。先日の研究の結果だ。カートリッジは鎧の破片だが、内容物である“影素”は『白崎鋼音』ではない。
鋼音の鎧と本来の能力である防御の併用によって、リアクティブアーマーのように作用したのだ。しかもただの反応炸裂装甲ではない。殺人的なエネルギーの発露を、鎧を破った方への指向性を持たせて放つ致命的なカウンターだ。
「僕はともかく、出灰の"影素"は最強だ」
鋼音は呟く。
この女は善道と直接繋がっている――直撃しては命を落とし、尋問することができない。鋼音は咄嗟に左手で胸を押さえ、爆発の衝撃を抑えた。
結果としては衝撃派によって大きく吹き飛ばされ、壁に頭を強く打った椿だったが、息はあるようだった。火傷や打撲でしばらく入院は必要となるだろうが、話は聞けるだろう。
力無く開いた椿の口元から、水銀のようなものが二滴、ドロリと溢れた。
「これは……」
血を練り固めたゼリー状のそれは、鋼音が拾い上げるとシリンダーの形に固まった。表面にはそれぞれ『遠隔操作』『強度操作』と刻印されている。
「…………」
これをシリンジとして、専用のスタンプ型注射器に装填し、輸血のようにして能力を獲得するのだろう。少し考えて納得した鋼音は、それをポケットにしまいこんで須藤へと向かう。
「これで口封じにくる奴はいない。全部話せ」
「…………善道が俺たちの手を引いた。それだけだ」
「……そうか」
物足りないことは否めないが、とりあえず必要な情報は集まった。ここで追求する必要も、須藤を攻撃する必要もないので、鋼音は踵を返す。
◆◆◆
鉄扉をくぐると、十代ほどの女性が二人倒れていた。
それぞれ殴られた跡と擦り傷。息はあるようだが、それぞれが発動したスタンプの副作用からか生命力というものが希薄になっているのが見て取れる。
「どこに行ったのかと思ったら、こんなところに……」
少女たちが飛んできた方向には、少し傷を負った霖太郎と出灰が立っていた。
「そっちはどうだった、鋼音」
「あぁ。僕のところにもこんな感じのが来たよ。善道市長の遣いだろう。一子に手を出そうとしているのがバレないように、真田を口封じに殺しにきた」
「真田が?」
霖太郎が鋼音のいた部屋を覗くと、なるほど――。
「それでその、善道市長が裏で手を引いてるってことか」
「今のところわかったのはそれだけだね」
「っておい、どこに行くんだよ」
「決まってるだろう」
出灰の制止を振り切って、鋼音は歩き出す。
「市長のところだ」
その鋼音の前に、霖太郎が立ちふさがる。
「待つんだ白崎。今回の敵は……お前のところもそうだったろうが……全く新しい技術を使ってきた。ここは一旦黒峰先生を交えて、事務所で作戦を練った方がいい」
「その時間が惜しいんだよ。こいつらが帰ってこないことを知った善導は強攻策に出るかもしれない。向こうが二手目を打つ前にこっちから叩く。幸い、三人は人質に使えるしな」
「事務所に戻れば、その場で赤座一子を防衛することにも繋がる。いらないリスクは避けるべきだ」
「…………」
「オレも霖太郎に賛成だ。このスタンプの技術がどう生産されているかわからないけれど、そのプラントかもしれない相手の居所に突っ込むことはない。事務所で善道らを迎撃できるなら、そっちの方がいい」
出灰も霖太郎に賛成する。
「…………わかったよ」
それを受けてか、鋼音も納得した。敵の規模がわからない以上、二人に協力してもらわねばならないだろう。ここで霖太郎のいうようにいらないリスクだけを背負うこともない。
一向は、真田研究所からわりかし近い黒峰研究所で黒峰の研究料を回収し、風花探偵事務所に向かった。
太陽はやや西に沈んでいる。探偵事務所に着く頃には夕日に変わっていることだろう。
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