刀鍛冶で変態、変態が刀鍛冶

「……ふぅ」


 カコイと決着した鋼音は、特殊探偵(の助手)である霖太郎に連絡を取っていた。

 アウター同士が衝突することはままあるが、その度にこの街の警察機関である特殊探偵に届け出なければならないからだ。盟元市は外法者の集まったところではあるが、だからといって無法に振舞ってはならないのである。


 さて、霖太郎は出なかった。風花ぼたんも出なかった。黒峰も出灰もだ。

 鋼音は少し参っていた。今回の件については事後報告でもいいだろうが、問題は意識を失った二人の少女だ。日が暮れれば冷える。ここに置いておくわけにはいかない。一子と、それから一応カコイも一メートルほど離して日陰に横たえてある。


 真珠色の光は大雑把に言えば"ディアワン"の防御力の大半を分け与える――今回の場合は生命維持の補助を担わせていた。そのためか、二人は過労で眠っているのと同じような状態まで回復している。放っておけば後遺症もなく眼が覚めることだろう。


「…………」

 カコイを差し向けたのは誰か。

 誰に連絡するか迷っていたときに思い浮かんだ人物が、じっとりと脳裏にこびりつく。

 軒先縁日なら、特殊探偵として自分と一子の動向を把握しているかもしれない。一子を狙う人間を調べているうちに欲に駆られ、情報を提供したのかもしれない。……すべては憶測だが、気に留めておくべきだろう。

 とにかく、この男に連絡することはできない。となると……


「お? お、お、おぉ? 破片が破片が増えてる増えてる……」

 カコイとの戦闘でパラパラと剥がれた“ディアワン”の破片を、まるでパンくずを辿るヘンゼル少年とグレーテル少女のように集めながらこちらに近づいてくるのは、ぼさぼさ髪の女性だった。


「ん? 鋼音くんじゃないっスか」

 背負った屑籠に破片を回収するのは、刀鍛冶の巣小森小雛である。

「小雛ちゃん、いいところに来ましたね」

「え?」



◆◆◆



 刀の素材を回収しに来た巣小森小雛は、自宅兼工房に帰るときには女の子を背負っていた。

 素材は持ち主である白崎鋼音が、その能力に還元して運んでくれるというので美少女を背負えることと併せて収支プラスだったのだが、いかんせん女の子扱いされていない気がしてならなかった。


 鋼音は一子を背負いバイクを押して、小雛はカコイを背負い廃墟帯の西の方……先ほどの戦闘域から歩いて十分ほど……にある工房へ向かう。


「そういえばですね鋼音くん」

 畳の八畳間に少女たちを横たえた小雛は、そのすぐ横にあるこたつに無造作に置いてあった拵えのない剥き出しの白い長巻を手に取り、鋼音に差し出した。


「銘打って“不退転”。折れず、曲がらず、よく切れる、がコンセプトっス」

 柄も鍔もない鉄塊でしかない刀だったが、鋼音の手にはしっくりときた。それもそのはず、これこそが小雛の回収している“ディアワン”の破片を素に鍛えたものだからだ。


「結構シンプルなコンセプトなんですね」

「はいっス。みんないろんな能力を刀に籠めたがりますが、やっぱり刀は王道が一番っスよ。まぁ廃材だったので特に能力を刻めなかっただけなんスけども。ただ、そうっスね、アタシの荷物だったものみたいにしてみてほしいんスけども」

「んん?」

 息を吸うような感覚を、刀を握る右手に向けてみる。すると、“ディアワン”を解除したときのように、あるいは先ほど小雛の荷物を吸収したときのように、“不退転”は解けて鋼音に取り込まれていった。


「おぉー……」

「ふふふ……それだけじゃない、かもしれないっスよ」

 今度は最初からそこにあったかのように、白無垢の刀は鋼音に掴まれた。

「思った通りっスね。鎧を出し入れできるなら、同じ素材の刀もそうできる。本来ない推進機能を搭載して以降鎧に反映できるなら、同じく機能を変更しただけの刀もそうできる。黒峰さんにもらったカルテ通りっス。ただ今回のは鎧の一部として認められないので、刀の原型はアタシみたいなのが作らないとだめだったみたいっスけど」

「へぇ……」

 よくわからないがすごい、といったニュアンスの生返事を返す。


「使いながら慣れてくれたらありがたいっス」

「えぇ。ありがとうございます、小雛ちゃん」

 素直に礼を言われて、小雛ははにかんだ。逃がした視線の先には寝息を立てる一子とカコイがいる。


「お礼代わりといっちゃなんですけど、一子ちゃんが起きたら来てほしい服があるんスよね」

「服? また着もしない服を買ったんですか?」

「服は着るだけのもんじゃないっスよ。宝石も身に着けるほかに眺めるだけって楽しみ方もありますし、なにより……アタシが着ても似合わないっスよ」

「そういうもんですかね」


 ……。

 …………。

 ほどなくして、一子が目を覚ました。

 具合からするに今日いっぱいは目覚めないと思っていた鋼音は、それを手放しに喜ぶ。


「?」

 寝ぼけながらも一子は、ここが普段寝起きしているところではないと判断したのか、辺りを見渡した。やがて探していたものがなかったので、残念そうにうつ伏せになる。芋虫のように這い、こたつでお茶と煎餅をお供に小雛の刀剣論を聞いていた鋼音の膝に顎を乗せた。


「んー、眠い」

「んー! グッド!」

 眼福、とばかりに小雛はそれを凝視しはじめた。


「おはよう一子。調子はどう?」

「おはよう、鋼音。ここはどこ?」

「ケガとかしてない? どこか悪いところはない? 気分はどう?」

「なぁ鋼音、ここはどこなんだ? 小雛?」

「あぁ、大丈夫そうだ。よかった……」

「こんにちは、小雛。元気だった?」

「えぇ……」

 会話が成立していないのに意思疎通ができている。会話のキャッチボールというか異種格闘技戦というべきやりとりに、先ほどまで顔を緩ませていた小雛も困惑を隠せない。


「あ、はい、元気っスよ。その辺歩いてたら一子ちゃんが倒れたって鋼音くんが慌ててたんで、とりあえずウチに連れ込みました。うひひ」

「そうか。ありがとうな、小雛」

 ぺこり、とお辞儀をする一子。揺れる髪から零れる匂いを、小雛は余すことなく鼻腔に取り込んだ。

「いえいえ。一子ちゃん、リボンずれてますよ」

「そう?」

 一子の大きなポニーテールを形成する大きな黒いリボンを、いかがわしい手つきの小雛が結びなおす。その行為に他意があるのは一子も薄々勘づいてはいるが、好意であるのは間違いないのでそれを受け入れるだけだ。

 リボンのついでに長い髪を手櫛で梳き終えると、小雛は満足げにこたつに足先を埋めた。


「小雛ちゃん、さすがにちょっとヒきます」

「そんな!」

「どこに五感全てで女の子堪能するやつがいるんですか」

「は、はぁ? 五感ん? なにを言ってるんスかぁ?」

「いま舌の下に赤毛が見えたぞ」

「……」

 ごくり、と小雛が喉を鳴らす。追い詰められたストレスからの反応ではない、証拠隠滅のための嚥下だ。


「これはまずい。一子、この変態と長く一緒にいたらだめだ、帰ろう!」

鋼音は一子の手を引いて立ち上がる。

「それじゃあ小雛ちゃん、助けてくれたことと刀の件はありがとうございます。また来ます。ただ味覚で一子を感じるのはやめてもらおう!」

「はい、また来てくださいね」

「小雛ちゃん、またね!」

「はい、また今度。そろそろ日も暮れるので気を付けるっスよ」

「はーい!」


 外から鋼音のバイクのエンジン音が聞こえたのを確認してから、小雛は工房で集めた素材の選別を始めた。

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