戸張火恋
廃墟帯とは名ばかりのがれきの山を、いやに白いフレームのバイクが縫うようにして奔る。
まるで戦車戦でも行われたかのような、爆心地のような一面鉄筋コンクリートの残骸のこの地帯では、自動車などはおよそ走行できない。この辺りがこうなってしまって半年が経ち、一応車道のようなものも整備されつつあるが、そちらだと鋼音が目指す場所へは遠回りになってしまう。まだ冬ではないものの、日が暮れれば凍えてしまうだろう。
安全運転を心がけてはいるが、それでもハンドルを握らず乗り方も知らない一子にとっては相応に怖いのだろう。鋼音の腰に巻かれた腕が、強く締め付ける。
「ごめん一子、もう少し緩めるよ」
「いや、いいよ。大丈夫大丈夫」
「そう?」
「なんていうか、振り回されるの……ちょっといいかも……」
「えぇ……」
突然の不穏な発言を受け、鋼音は無意識にスピードを緩めた。
「え、なに、そういうのどこで仕入れてきたの?」
「どこって……ぼたんちゃんの本に『こう言うと効く』って書いてあったし、それにその、こういう感じなんだなーみたいなこともあるし……」
「あぁ……風花先生か……」
風花ぼたんは様々なジャンルの漫画を好んで読んでいる。彼女の本好きの友人とは、月に数回意見交換会などと勿体つけて遊んでいると聞いている。
次会ったときはこういった妙な知識を植え込むことを控えるよう注意しようと心に決め、鋼音は今日を振り返り明日を思う。
…………予定らしい予定は決まっているのだが、いざ自分の中で整理しようとすると一子とどうするかしか思いつかないあたり、相当毒されてきていると鋼音は自嘲する。だが、こういうのも悪くない。がれきの中に混じる白い破片をちらりと見やり――人影とすれ違った。
Uターンしながら、鋼音はバイクを停める。
「鋼音?」
「一子、僕の影に隠れて」
「? わかった……」
納得はしていないが、鋼音の声音から何かを察したのだろう。一子は素直に従う。
「誰だ? 迷子か?」
人の背ほどはある地面に突き立った残骸の向こうへ問いかける。
……鋼音は焦っていた。廃墟帯なんかで、まるで恋人と待ち合わせるように佇んでいた誰かが気になって仕方ない。
「…………」
気配がない。
じっと目を凝らし耳を澄ませてみても、そこにいた誰かの気配はない。
ヒィ、と押し潰された空気が肌にまとわりついてはじめて、鋼音はその殺意を見極めた。
――平穏は続かない。平温は続かない。恒温は途絶える。
二人の意識の間隙を縫うように、蛇のようなしなやかさと温度の白い手が一子に触れた。
「赤座一子さん、ですね……?」
「あ? ぁ、……――」
一子が振り返ろうとすると、その体は力なく崩れ落ちた。その皮膚は青白く、まるで死んだような……温度のないような……熱を奪われたように見えた。
「一子ッ!」
倒れこむ一子を受け止め、鋼音は叫ぶ。
「一子……!?」
冷たくなった一子は呼びかけても揺すっても反応がない。
「赤座一子さんはまだ死んでいません。ただ、体温がなくなっただけです」
儚げな女が囁く。
「体温……」
体温、すなわちは代謝。女は死んではいないといったが、しかしこれは死んでいないだけ。女の言った通りならばこれは低体温症による仮死状態だろう。脈も呼吸もないこの状態が続けば本当に死んでしまう。
「わたくし……あなたの
カコイが首を傾げ、にこりと笑う。その清廉な仕草を、鋼音は白い外見とは正反対な真っ黒い目付きで睨め上げた。
まだ硬直していない一子の体を抱きかかえ、比較的安全であろう物影に優しく下ろした鋼音は、少女の透けて掻き消えそうなほど冷たい頬を撫でながらカコイに問う。
「何が目的だ」
「目的、ですか?」
「聞いているのは僕だ。答えなければ殺す」
「目的は交渉ですが、わたくし個人としては邪魔者の排除ということで襲わせていただきました」
「……」
一子を撫でる鋼音の手のひらから真珠色をした光が溢れる。光芒は一子の中に溶け込んだ。
「わからないな。どういうことだ」
「鋼音さまこそ、わたくしがわからないのですか?」
「質問しているのは僕だ」
鋼音のはらわたがくつくつと音を立てる。腹の中で蠢くマグマのようなものを感じながら、必死で理性を繋ぎ止める。
「だからね、恋っていうのは密室殺人なのです」
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