連続・"誰でもない君のために" 白崎鋼音

調査

 盟元市は閉鎖されている。

 巨大な壁や災害による道の途絶によるものではない。閉鎖都市の外にいる人間の意思によって閉じ込められているのだ。


 盟元市に暮らす人々は、概ね一般人から迫害されるような異能力を有している。よそから居場所を追われてここに逃げ延びた者も少なくない。先代と現在の市長の市政によって市民らの生活環境は大幅に改善されたが、盟元市を閉鎖に追いやった人々の、常識の外に生きる彼らを“アウター”と呼ぶ人々の意識に変わりはない。


 異能力といえども言い換えれば超能力だ。異能力というのは自分たちと違う、と蔑んだ人々の捉え方である。彼らの常識はずれの能力に注目した先代市長は、この盟元閉鎖都市を研究都市にしようと試みた。それが三十年ほど積み重ねられ現在に至る。


 研究資料としての価値が抜群である、即ちより常識はずれであるアウターが暮らすのがA等級居住区だ。そのA等級のアウターである白崎鋼音は、窓の外で舞う枯れ葉を眺めていた。

「そんなの眺めて面白いのかよ」

 鋼音と肩を並べて枯れ葉を追う少女、赤座一子が問う。

「…………いや、別に」

「別に、って。そんなに暇なら頼みがあるんだけどさ。……髪、梳かしてくれよ」

 頬を枯れてしまいそうなほど赤く染めながら、一子は長い赤髪に手櫛を通した。この時季は乾燥するため、いくら手入れしてもしきれないのが実情だ。無造作にポニーテールにまとめているとはいえ、気になるものは気になるのだろう。


 二人の視線は木の葉を追うばかりだ。

「暇じゃないからいやだ」

「こんなことしてんだから暇に決まってるだろ」

「じゃあ一子は今暇なの?」

「いま話しかけるなって。あたしのコガラシくんがコノハちゃんといいところなんだ。暇なわけないだろう」

 女子中学生ほどの容姿をした一子は、その頭の中も年相応にラブロマンスだった。

 対し成人はしていないように見える白髪に白い肌、白いシャツの鋼音は、その枚数を数えていた。時折八十三だの四だのと呟いている。


「だったらいいだろ。お互いここは不可侵で」

「頼むよ。雑でも大体でもいいから」

 しぶしぶブラシを受け取った鋼音は、窓から目を逸らすことなく二人掛けソファの後ろに回り、背もたれの裏に伸びたポニーテールを梳る。


「…………」

「…………」

「……いいかんじだ」

「どういたしまして」

 一子は満足したようだが、鋼音はブラッシングをやめる気配がない。元々手持無沙汰ではあったのだ。惰性で、しばらく一子の髪をいじり続けた。


 ……。

 三十分ほどして、鋼音の腕時計のアラームが鳴った。その頃には手遊びのせいで一子の髪はあちらこちらに跳ねてしまったが、一子はこれを気にしない。むしろ嬉しそうである。

「ごめん一子。でかけなきゃ」

「何か待ち合わせでもあるのか?」

「この前会った怪しげなおじさんと、ちょっとね」

「会って大丈夫なのかよ、それって」

「霖太郎と同じ特殊探偵だっていうから、とりあえずは大丈夫じゃないかな」

「へぇ。……気をつけてな」

「うん」

「あたしはぼたんちゃんのところに行くから」

「うん」

「それじゃ、また今晩な」

「うん」


 少し肌寒さを感じながら、いやに白いフレームのバイクに跨った鋼音はB等級居住区を目指した。



◆◆◆



 待ち合わせのカフェには、すでに怪しい無精ヒゲの男がパフェを貪っていた。


「こんにちは、……えっと……」

 今日までに数回会っているはずなのだが、鋼音は彼の名前をいまいち覚えられずにいる。

「軒先縁日だ」

「こんにちは、軒先さん」

「縁日でいいよ」

 めんどくさい人だな、と鋼音は口元の生クリームをぬぐう男の前の席に座った。


 この店では雪が降る日までオープンカフェを続けるそうで、縁日はこの寒空の下あえて外での約束を取り付けた。秋の風は冷たく、乗ってきたバイクに財布を忘れたことにしてとんずらしようかとも考えたが、この探偵の握っている情報がそうもさせてくれない。


「縁日さん、僕はあなたのことをまだ信用していません」

「だろうね。俺もだよ。だからこうして、腹を満たしながら腹を割って話そうとしているんじゃないか」

 ウェイトレスにエスプレッソコーヒーを二つ注文し、縁日はパフェを一匙口に入れる。

「しかし君も面白いやつだな。見た目真っ白で中身は面白い、興味深いことだよ」

「僕もあなたに興味が湧いてきましたよ。どれだけ無駄話をできるか、って」

「……せっかちだねぇ、まったく」

「外から来た縁日さんにはわからないでしょうけど、盟元ここの人間はせっかちなくらいがちょうどなんですよ。すれ違う人間、みんながあなたたちのいうところのアウターだ。一触即発なんですよ……今のあなたと僕のように」

 メラニン色素のない、真っ赤な瞳が縁日を睨む。


「参ったな……いくら仕事で関わるとはいえ、俺はアウターじゃない。それも君みたいな高ランクのアウターに凄まれちゃ、そうだな、口も回らないってもんさ」

「舌はよく回るようだが」

「おまたせしましたー」

 鋼音が敵意を露わにしたところで、ちょうどコーヒーが運ばれてきた。縁日はチップ代わりに名刺をウェイトレスのエプロンに差し込むと、一口啜った。


「『“願いを叶える”能力を持ったアウターを探している』組織を探している、って話だったよね」

「……そうです」

「悪いがその前に、君の周りを調べさせてもらった。懇意にしている盟元の特殊探偵がいるそうだが、なぜ彼女に頼まない?」

「これは僕ひとりの問題だ。ぼたん先生や霖太郎を巻き込むわけにはいかない」

「それと、所属している研究所は頼らないのか?」

「出灰や黒峰先生もだ。僕の問題に関わらせるわけにはいかない」

「……めんどくさい男だな、君も」

 鋼音の分として用意されたガムシロップと合わせて四つを自分のコーヒーに注ぎ、縁日はまたコーヒーを口に含む。


「そもそも俺は観光……じゃなかった、ある案件でこの街に来たんだ。君の依頼を受ける義理も、時間もない。こうして会っているのだって、たまたまカフェの時間だからだ。俺が納得できない以上、君の話をこれ以上聞くことはできないね」

「縁日さんは、この街でどのくらいの期間滞在するつもりですか?」

「そうだな……歳が暮れるまでには帰りたいな」

「それまでの期間……いや、その案件に関わっている時間だけにしたって、あなたはどこにいるともわからない敵意を持ったアウターの危機に晒されるというわけだ」

「……それは困るな」

「僕はボディガードとして、あなたの捜査に協力する。その代わりに僕の依頼を受けてほしい」

「アウターとしての君のことも調査済みだ。戦闘のできるA等級アウターが無銭で用心棒を引き受けてくれるとは……渡りに船だな」

「渡るのに船を用意しないバカを探して正解でしたよ」

「ガムシロ盗ったのは謝るよ。じゃあ交渉成立ってことで……あとで黒峰研究所とやらに挨拶しにいくから、会えそうな時間に連絡してくれ」


 じゃあな、と手を振り、縁日はコートを翻して去っていった。

「……次に会うときは覚えておけよ……」

 颯爽と姿を消した縁日の分の料金も支払い、鋼音も喫茶店をあとにした。

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