断続・能力都市俯瞰風景/2
『五年前にターミナルから脱走したアウター』。その調査を名目として、軒先縁日はひとり盟元市を訪れた。
名産のただ酔うためだけの酒『フロート』に興味のない軒先は、ターミナルから発行された調査許可証を胸元に仕舞い込んで喫茶店に足を運ぶ。
彼が真に追いかけてきたスタンプと、脱走したという“願いを叶える”というアウターは繋がっているかもしれない……。
「……」
湯気のたつコーヒーに口をつける。
深入りのキリマンジャロをアメリカンに仕立てたコーヒーは、このカフェの看板商品らしい。外部の特殊探偵であるため来るたびにターミナルに挨拶をしなければならないことと、何より市の境界を跨いだときの重苦しいなにかを我慢してでも通う価値がありそうだ。
……不良グループ『エクセリオン』にスタンプを流していたのはターミナルの人間だった。
『エクセリオン』の溜まり場をターミナルが手出し無用としたのが脱走したアウターの捜索という建前。あるいは本音も含むのだろうか? スタンプ作成に必要なのが願いを叶える能力……ということではないだろう。
なぜ不良グループに秘匿、ないしは開発段階のスタンプを横流しにしていた? 真っ先に思い浮かぶのは人体実験の材料という反吐の出る答えだった。
実験してどうする? 実験の先に何がほしい? スタンプの実用化、ということはないだろう。なにせ、アレの材料は――脳裏に漂う
「願いを叶える能力とスタンプは……欲しい結果は同じなのか?」
点と点を結ぶとすれば。
スタンプも、願いを叶える能力も……ターミナルは、同じ目標に対して別のアプローチを試みている……?
なくはないだろうと、軒先は少しぬるくなったコーヒーをまた一口。白い息を吐く。
「“願いを叶える”能力か……」
しかし、なんとも無茶苦茶な能力だ、と軒先は大雑把な感想を抱いた。
そんなものがあるとして、一体どんな人物なのだろうか。それだけの力に、どれだけの制約があって、どれだけの自制があるのか。
叶いやすくなるとか、必要な道筋がわかるとか、そういったアウターはいくらか心当たりがある。等級にしてA、言い換えれば“努力が実を結ぶ”能力だ。能力研究都市盟元は、安易に“願いを叶える”と冠を付けるような街ではない。
「まぁ、まずは仕事だな……」
伝票を手に立ち上がろうとする軒先の肩を押さえ、座り込ませた人物がいた。
彼はそのまま軒先の向かいの席に腰を下ろし、キリマンジャロのエスプレッソを二つ注文する。
「はじめまして。僕は白崎鋼音、精神疾患系A等級の……あなたたちがいうところのアウターだ」
「俺たちがいうのところの、とは、ずいぶん他人行儀だな」
「あなたは盟元の人間じゃないでしょう。この店でアメリカンを飲むのは素人だからね」
周りを見れば、ほとんどの客が「わかってないやつだなぁ」という目で軒先を見ていた。
サーブされたエスプレッソを舐めるように飲んでみると、なるほど、常連というか事情通のような味わいだった。すかさずガムシロップを二つ投入する。
「それで、そのA等級アウター様がしがない余所者になんの用だ」
「余所者じゃなかったら容赦はしなかった。突然のことで失礼をしたとは思うけれど、それはそれとしてほしい。すまなかった。謝っただろう、許してほしい」
奇妙な少年だった。
肌も髪もほとんど真っ白で、目は血の色をしている。アルビノという体質を想起させるが、どうもそうではないらしい。線の細さに対して背はそこそこあり、体つきも相当に鍛えられている。
「君にも事情があるんだろう。それはまぁ、わからないけど立ち入ることでもなさそうだ」
言って、軒先は名刺を取り出す。
「特殊探偵の軒先だ。しばらくこの街で、ある道具の出所と行方を追う予定だ」
「黒峰研究所所属、白崎鋼音だ。今後ともよろしく」
お互いに挨拶を交わし、どちらともなく席を立つ。
「そうだ白崎鋼音くん、また明日会えるかな」
瞳の奥によく見知った赤色を見出した鋼音は、渋々ながらも承諾した。
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