永続

 日が暮れるころになって、行きついたのは古書店だった。


「はぁ……。遠いんだよ、この……」

 悪態とともに膝をつく。そろそろ一子への《感覚遮断》も解けることだろう。


 ともあれ、この扉を開けて、彼女に一子を紹介して……


「はぁ……」

 その前に少し休んでもいいだろう。悠芽はその場に座り込んだ。


「あぁ、そうか……」

 ここにきて、悠芽は察した。


 本好きの親友・出灰手紙なら全てを託してもいい。

 会って半年ほどしか経っていないが、赤座一子になら全てを捧げてもいい。

 “不老不死”に終止符を打つのに、ピリオドが二つとはなんと贅沢なことか。


 老いて枯れない代わりに、置いて行かれてばかりの人生だった。両親にも、兄弟にも、名前も顔も思い出せない友人たちも、今はない故郷にも。彼らはちゃんと終わることができた。置き去りにされてばかりだった。


 がらんどうが満たされたのはいつぶりだったか。体は死んで然るべきなのに、心だけは何かを求めるように生き続けた。それが今の日比野悠芽だ。


 ついに悠芽は満足する。誰かのために事を成すのがこれほど満ち充ちたことだったか。

 体は死に、心は尽きた。喪失ではなく充足によって、ここに“不老不死”は生きることをやめた。



 ――ついぞ理解できなかった、あの童話の主人公を思い出す。不快感はきっと、同族嫌悪だったのだ。誰かのために全てを投げ打ち、悲劇の中でも笑顔で結末するあの人魚姫に、憧れていたのだ。当の赤い髪をした王子さまは、いささか可愛すぎるきらいはあるが。


 ――叶うなら、彼女が好きなボーイ・ミーツ・ガールのような素晴らしい恋ができるように。


 ただひたすらに少女に"願う"。


 ――お幸せに。


 無責任な望みを託し、日比野悠芽は赤座一子を置いて行った。



               五年後へ。




2/不老不死 日比野悠芽  永続

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