継続
軒先縁日は、開店直後から高校前の喫茶店に来ていた。立地もあってか、開店時間は早く通学生が朝食を摂ることもできるほどだ。
エスプレッソの苦みとジャンボパフェの甘みに揺さぶられながら、朝刊の一面に目を走らせる。記事には、廃工場が不審火で焼け落ちたこととそこでの死傷者がなかったこと、そこに屯ろしていた不良グループが錯乱状態であったこと、燕尾服の怪しげな男がいたと供述する者の証言などが載せられていた。
新聞記者より事情通である縁日はこれがアウターによるものか、スタンプを暴走させた『エクセリオン』によるものか、はたまた彼らを取り締まりにきた盟元のスタッフによるものだろうと目星がついていた。問題はこの不審人物だ。この燕尾服の男について、なにか引っかかるものがある。
「なんだったかな……」
解決すべき機関が解決したので、この思考はただの戯れでしかない。傷がうずきだしたので打ち切ることとする。
「先生っ」
後ろから声をかけてきたのは、ウサギ耳のカチューシャが特徴的な女子高生だ。彼女とはここに通うに連れ親しくなり、もしものときのために名刺も渡してある。
「お隣、よろしいですか?」
「あ、あぁ。どうぞ」
女子高生は笑みを絶やさず、縁日の真横に座った。
(なぜ密着する……?)
これが女子高生の距離感なのか、と困惑しつつ、縁日はクールにコーヒーを啜る。
ウサミミは店員にモーニングサンドセットを注文すると、縁日の新聞を深めに覗き込みながら質問した。
「先生ってこういうのも調べてるんですか?」
「あぁ、まぁ。調べてた、っていうのが正しいんだけど」
「調べてた? これから調べるんじゃなくてですか?」
「探偵だからね。俺がやってたのは、ここにいた不良の素行調査だけ。そのあとは他に適任者がいるから」
「へぇー」
いやに近い女子高生と距離感は不慣れで、縁日はやや居心地が悪かった。特にこのウサミミはパフェを強奪していくので苦手意識が強い。
「それ食べたら学校行くんだぞ。最近サボってるの知ってるんだからな」
「おぉー、さすが探偵サン。オミトオシってやつ?」
「そうじゃない。ここから校門が見えるだろう。それでだな」
「ふーん……校門が見えるんだね。あ、ほんとだ。気付かなかったよ」
けらけらと笑い、ウサミミは卵サンドを頬張る。
「それで探偵サン、こんなところで誰を調べてたのかな?」
「…………」
いつになく鋭い質問に、縁日は内心驚いた。少し迷って口を開く。
「守秘義務があるから言えないよ」
「えー、つまんないのー」
「いいから早く学校に行くんだ。うっとうしい……」
「うわ、明日のお客サマかも知れないのにそういうこと言う?」
「横からパフェを強奪するサボり女子高生に言われたくないよ。それに、」
縁日は言い淀む。ウサミミは、更に強奪しながら追及した。
「それに、どうせ困ったら来るだろう、お前は」
「……探偵サン……、もしかして、ジゴロの才能ある?」
「あったらこんな髭面じゃないよ」
「はははっ、そうだね」
暫しの歓談のあと、ウサミミはしっかり校門をくぐった。
◆◆◆
間白地明治が名刺を頼りに軒先探偵事務所を訪れたのは昼前のことだった。
スタンプの、アウターの力を実際に脅威として触れ、逃げるようにして門戸を叩いたのだ。
「それじゃあ間白地くん、盟元市について説明するから、よく聞いておくように」
「はい」
申し訳なさからか、間白地は体を丸めながら縁日の話を聞いた。
……盟元市は、アウターが身を寄せ合って生活する一つの都市だ。いわば外様というべきか。元は人智を超えた力を持つ人たちが迫害されて、そこに集まったというか押し込められた土地だね。
……前の市長のおかげで、現在は今までと同じ生活を送ることができるようになったと聞く。もっとも、特殊な能力を持つアウターだらけの街だ。諍いも多いし、その規模も被害もそれなりだ。ただ、それを治める現地の特殊探偵も折り紙つきだから安心してくれて構わないよ。なに、こっちでタチの悪いヤクザやヤンキーに絡まれるようなことをしなければ大丈夫さ。
……住むところは安全もかねて、能力の等級――簡単に言えば強さかな――によって変わってくる。間白地くんのはC等級くらいだからそこそこ危ないといえば危ないけど、その能力ならそうだな、きっとターミナルが丁重に扱ってくれるだろう。
両親や友達への挨拶はすませたかな? それはよかった。向こうにいくと、外との連絡に検閲とかで時間がかかるからね。
他のことは、向こうについてから向こうの人が教えてくれるだろう。特に気になったことはある?
……そうか。
「それじゃ、向こうでも元気でね」
「はい。お世話になりました」
軒先縁日はまた一人、アウターを盟元に送った。
ひどく怯えながらも決意を秘めた瞳に若いことの尊さを感じつつ、天井を見上げる。
「あぁ、厭だな/
この一週間後、軒先縁日は
1/特殊探偵 軒先縁日 継続
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