解決片
あれは
――軒先縁日は思考する。
見た限り、スタンプに能力を封じ込めているふうだった。水銀のような液状にされた能力をスタンプ注射の要領で人体に投与し、これを行使する。
刀剣工作系の能力を持つアウターが、別のアウターの協力のもと、その能力を限定的に発動する刀剣を打つというのはすでに技術体系として成立していることだ。それの応用ということだろうか。
いや、そんな簡単なことではない。
妖刀や聖剣などの伝説が広く知られるように、刀剣類は超常の依り代に適している。それを作るアウターと、それに乗せるアウターが能力者としてのパスを繋ぐことでようやく成立しているのだ。アレにはそういったオカルトじみた要素は一切ない。
俺の知らない技術体系が生まれたのか?
それとも、私の知らないアウターなのか?
…………。
――考えが煮詰まり、縁日はマグカップの隣に置かれた電動シェーバーで髭を剃りはじめた。焼けたコートの代わりも必要だと、コート掛けに目を滑らせる。
――思い至る答えはどれも最悪だ。
いずれにせよ、この件が終わったら盟元に足を運ばなければ。
――ふと込み上げた笑いをかみ殺しながら、腹の痛みから逃れるように縁日は瞼を閉じた。
◆◆◆
日が暮れるころ、事務所のインターホンが鳴らされた。
まだ痛む体を起こし、縁日は来客を迎えるために扉を開ける。
「はい、軒先特殊探偵事務所ですけど……」
「はい、軒先探偵事務所の頼れる助手ですけど」
訪ねてきたのは、いつものビジネススーツで身なりを整え、両手に買い物袋と小脇に愛用のバッグを提げた岬万洋だった。
「頼まれたおつかいと、それからしばらくの分の食材、それからお薬買ってきましたよ」
「姐さん、おふくろさんみたいスね」
いそいそと購入物を整理しながら、虎柄が呟く。岬はそれに丸めたレシートを投げつけて応えた。
「誰がおふくろですか。ほら先生、傷見せてください」
「……っすよね?」
「……だよなぁ」
「うるさい。早くしなさい」
おふくろである。
「火傷というか刺し傷というか……結構治るの早いんですね先生」
シャツをまくり上げ、わき腹の傷を直接確認する岬。縁日の体は程よく鍛えられており、役得とばかりに触診する。
「へぇ、へぇ、へぇ……ふーん……」
「貫かれたあと焼けてるみたいで、塞がっている分には塞がっているらしい。塞がってるだけで痛いもんは痛い」
自分でも傷口を撫でながら、縁日は苦笑した。
実際は岬の診断通り『治りが早い』のだが、縁日は適当な理由をつけて誤魔化した。それに何か理由があるのだろうと、岬はクレーターのように陥没し周りの浮き上がる痕をつつく。
「痛い、痛いから。……それで、頼んだものは?」
「首尾よく」
少し緩んでいた表情を引き締め、バッグからあるものを取り出した。
「コーヒー牛乳です、先生」
「ありがとう助手くん。これだよこれ」
続けて七つのコーヒー牛乳のパックを取り出し、岬は奥の部屋に麻雀組を呼びに行った。
休憩室兼資料室には、誰もいない。調べたてらしき書類が山積みになっているばかりだ。
「あ、今日みんな病欠っすよ。流行ってるらしいっすね」
「珍しいこともあるんですね」
それが病欠であることなのか、資料室が資料室として機能したことなのか、岬をはじめ誰も言及しない。
余った三つのパックは冷蔵庫にしまわれた。
「で、どうだった?」
虎柄に進捗を問う縁日。その問いかけにはある種確信的なものがある。
「えーとですね……まず盟元からのは『廃工場跡でのアウター大量発生につき、これを盟元のスタッフで処理するため、安全のため不可侵を要求する』ってやつですね。いくら特殊探偵でも複数人のアウター相手には勝ち目ないっスからね、まぁ妥当かと」
ホチキスで綴じられたB5サイズの紙をめくりながら、虎柄が説明を始めた。
「でもって次のお達しが『逃走したS等級アウターの捜索のため、スタッフの活動を認めてほしい』とのことです。五年前からの案件みたいですね。他の地区にも通達があって、今年はこの街での捜索を行うみたいっス。個人的にはこれが臭います」
虎柄から三枚つづりの書類が縁日に渡される。
「そんで、盟元に行ったアウターですが、ビンゴっスよ先生。飛び道具、それも先生がやられた“矢”のアウターっス」
長いので、と今度は五枚つづり。
「…………いるもんだね、というべきか」
記されているのは以下の通りだ。
鏑木つがえ、二十四歳女性、天啓系C等級“アラウンドアロー”。
手にした、あるいは触れたものを矢のように投射可能。最大重量および最大距離は同の投擲力に等しい。時速二百キロ、洋弓と同程度。
発射時の動作などから、同時に放てるのは指と同じ十条までと考えられる。五指を対象に向け発射、腕を振り下ろし再装填とされる。
自身の肉体を発射した例は確認されていないが、同は可能と答えている。
……以下には鏑木つがえが行った能力戦闘のデータ、身長体重メンタルなどの変遷が記録されている……。
「“火炎”のやつはまだ見つかってないっス」
「いや、十分だ。間白地の使った能力はコレだろう」
手に宿った炎を掬うようにして、伸ばした指先から射る。縁日が間白地から受けた攻撃と、鏑木つがえの能力“アラウンドアロー”の能力の特徴は合致している。同一とは言い切れないが、その線で推理を進めるには足りる材料だった。
「岬、もう一つの頼んだものは?」
「はい、どうぞ」
待ってました、と言わんばかりに、岬はバッグから水銀のようなものが満たされたアンプルを取り出した。貼付されたラベルには《骨格効果》と印字されている。
「廃工場の『エクステンド』を名乗る組織から購入しました。十万円です」
「十万円なのか……」
自分の最初の調査費の二十倍の価格と聞いた縁日は、その価値を疑うようにアンプルを睨みつけた。
「間白地を追跡してたどり着いた組織です。ここでは能力を付与するアンプル、通称スタンプを販売していました。スタンプには人それぞれ適正があるらしく、間白地はその適正を量る役でした」
「間白地が? そうか……」
縁日があからさまに顔に影を落とす。
スタンプとやらで能力を得ただけの一般人だと思っていたが――それでも、スタンプという形でアウター能力を行使した以上、盟元行きは免れないのだが――その目利きをしていたというのなら、間違いなく間白地はアウターとして判定されるだろう。それがどういう能力として分類されるかはわからないが。
「それで、その骨格なんちゃらってのが姐さんに合ってるんスか?」
いち早く飲み干した虎柄が尋ねる。
「そうみたい。ほかにもいろいろなスタンプを勧められたのだけれど、これが一番安かったので資料として買いました」
「安かった? 十万円で?」
「はい。《骨格操作》が十五万円、《がしゃどくろ》が百万円です。この《がしゃどくろ》ですが、その……」
「あー、ありましたね。そのまま“がしゃどくろ”の能力名で、身体機能系A等級だった気が。資料漁ってたらすげー強そうだったんで気になってたんスよね」
骨の化け物の名を冠する能力を、虎柄は嬉々として語る。調査する人間とはいえ、アウターと直接関係のない人間の認識としてはこれが正しい。空が飛べたり、動物と話せたり、そういった特殊な能力にあこがれるのは仕方ない。それを理解しているからこそ、縁日は虎柄を咎めることはしなかった。空を飛べる苦悩を、動物と語らう苦痛を想像することなど、まさに夢のまた夢なのだから。
A等級というのは、おおむね人間の能力の延長線上としては限界値を一歩超えた存在だ。 盟元に送られる特殊能力者ことアウターは、AからD、例外のSとEの六段階にわけられ、DからAに向かうに連れて能力もまた異彩を放つ。
C等級能力を複製した《矢》でも一般人である縁日が手も足もでないのだ。A等級のスタンプなどが出回れば、どれほどの混乱が起こるのか。……だからこそ、アウターたちは盟元という隔離都市に送られているのだ。
「問題は間白地をどうするか、だ。放っておいても盟元のスタッフが確保するだろうし、ここらでいったん打ち切りにしようと思うが」
「……そうですね。相手が敵意のあるアウターもどきだとわかった以上、私たちでは太刀打ちできませんし。それに、間白地自身が交渉に乗らないのではどうしようも」
口惜しそうに、縁日は決定した。
不可侵の地区に、不可侵と定めた者が、不可侵の原因である不和を取り除こうとしている。そこに一介の特殊探偵が入る余地などない。
虎柄に間白地明治がアウターであること、『エクステンド』のメンバーであること、それらは盟元市が解決する範疇であることをまとめた書類を作るように指示をすると、縁日はコートを羽織った。
「先生、どこへ?」
「調査のときに入り浸ってた喫茶店に、ちょっとお礼をな」
「……あまり無理はしないでくださいね」
「あぁ」
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