彼の影

 調査開始から十一日目の深夜。

 縁日は、間白地に対面した。

「間白地明治くん、だね?」

 目の前の少年は、観察していたよりも幾分危なげな雰囲気だった。ナイフを隠し持ったいじめられっこのような、ヤマアラシめいた警戒心の針を全面に向けている。


 駅前の広場とはいえ、この時間になると人はいない。巡回の警備員も、このあと一時間は来ないというのも調査済み。たまにいる酔っ払い連中も、明日が月曜日ということもあってさすがに家で大人しくしていることだろう。

 もし仮に間白地がアウターとしての能力を振るうとしても、この日曜深夜……あるいは月曜未明ともいえるだろう……であれば人的被害はない。


「誰ですか、あんたは」

「軒先縁日――特殊探偵さ」

 軽くお辞儀をすると、縁日はコートの裏ポケットから名刺を取り出し、トランプのように間白地に投げた。間白地はこれを澱みのない動作で受け取る。

(いい反応だ……動きも素早いな)

 キザな自己紹介だが、縁日なりの見極めだ。できるだけ正確に投げたとはいえ、この暗がりで放られた厚紙を上手くキャッチできるとなると、マジシャンなどの特殊な訓練を積んだ者くらいだ。


「ふーん。で、特殊探偵が何の用だよ」

「君こそ何の用だ? 高校生が、こんな時間に、一人で、駅に向かうなんて」

「お互い様だろ。こんな時間にそんな勿体ぶったコート羽織ってるやつなんて、ただの不審者だぜ」

「不審……っ!?」

 不審である。この場でもし仮に間白地が大声で助けを呼ぼうものなら、縁日は是非もなく連行され事情聴取される程度には不審である。ツキの悪いことに、縁日が自身の身柄を証明する特殊探偵としての名刺も、間白地に放った分で切らしてしまっていた。営業として行きつけていた喫茶店と、困っていそうな高校生に配っていたのだ。


「参ったな……」

 これは嘘だ。

 間白地はこの場面で、明らかな不審者である縁日に食って掛かった。彼はほかの高校生にはない、不審者を撃退する術を持っている。警察を呼ばれることはないはずだ。

 わざとらしい仕草で首に手を当て、いかにも反省しているようにして隙を生んでいるのも、縁日の『わざと』だ。間白地の持つ何かを引き出すためのエサだ。


 思惑通り、間白地は一転、叫んだ。

「そのまま参って、三回死ね!」

『《火炎フレイム》!』

 ジャンパーのポケットから取り出したのは、中に水銀のようなものが満たされた注射器シリンジだった。それをスタンプ注射のように首筋に押し付けると、わずかな光を放ちながら内容物が間白地に溶けていく。しまいには容器ごと飲み込まれ、注射跡ともいうべきか、青白い燐光を放つ。


「――――――」

 それを、縁日は目を見開いて観察していた。

 ……能力の行使のために特殊な仕草を必要とするケースは、これまでにも確認されている。だが、見る限り、間白地のそれは彼らのルーティーンのようなそれとは違う。

 ……首に突き立てられたシリンジの電子音。首に残るスタンプ。まるで、そのアイテムこそが能力のような、


「ぼさっとしてると焼け死ぬぜ!」


 思考に没頭していた意識を相対するアウターに戻す。間白地が前に伸ばした右手から、握り拳大の火炎が射出された。弾速はバレーのサーブ程度なので、縁日は横に転び飛ぶことでよける。


 続く三発も回避。火球を手のひらにとどめたままの肉弾戦も、間白地の燃えていない腕を基点にいなし、縁日は観察を続ける。

 盟元市がその能力ゆえに迫害されたアウターたちの拠り所であり、そして研究・観察都市であるように、特殊探偵もまたアウターの観察こそを重んじるのだ。


「ぜぇ、はぁ……くそ! てめぇも持ってんのか、不審者!」

「なんの話だ」

 炎の牽制で距離をとった間白地は、呼吸を整えながら縁日を睨む。

 持っているとは、どうも『能力を持っている』という意味ではなさそうだ。ともすればあのシリンジ、スタンプのことか?


 そこまで考えて、合点がいった。

 “能力を発動する”能力。アウターとしてはあまりにも低い能力の練度。ナイフを持った少年のような危うさ。

 考え付く限りでは最悪だ。


「まぁいい……これでどうだ!」

『《アロー》!』

「っ、二本目⁉︎」

 驚きこそすれど、これは軒先の推理通りだった。

 伸ばされた五指から、火矢が射られる。速度は矢と同じで、これを避けることはできなかった。右肩を中心に三本、致命傷にはならない位置に突き刺さった火矢は、鏃から一文字の矢柄、矢羽まで炎でできていた。


「………………」

 倒れこんだ縁日は沈黙する。

「これでもう何もできないだろう、探偵。ははっ」

 それを見下ろす間白地。動かない特殊探偵と腕時計を見比べると、急ぎ足で駅のほうへと走っていった。縁日は薄目で彼の後ろ姿を見つめる。


 ……。

 …………。


 始発の電車が行った。

 間白地は廃工場地区に向かっただろう。

 縁日は傷の具合を確かめながら、上体を起こす。貫かれた跡はやけどで塞がれており、思っていたよりも傷は浅かった。それでも痛いものは痛いので、再び冷たいアスファルトに横たわる。


 寝そべったまま携帯を取り出し、まだ寝ているであろう岬にメールを送る。

「ふぅ……これでよし」

 確認すべきことはやった。やるべきことはやった。あとは信頼する助手が上手く進めてくれるはずだ。


 束の間の安心が約束され、縁日は瞼を下す。

「ふくくくくくっ」

 妖しい笑い声が響いた。



◆◆◆



「痛いなぁ……痛いなぁ……」

 ソファに身を沈めて呻く縁日。今日未明に受けた傷を手で押さえながら、しかし頭の中では考えを巡らせている。


「どうしたんスか、縁日さん」

 普段麻雀をしている虎柄の男が、縁日の顔を覗き込む。両手のマグカップからは湯気とコーヒーの薫りが立ち上っている。

「仕事柄仕方ないとはいえ、ケガするのも厭だね」

 枕にしていた肘掛けを支えに縁日が上体を起こすと、一人分空いたスペースに虎柄が座った。虎柄も応えるように、右手のマグカップを縁日に差し出す。


「ケガって、間白地絡みで何かあったんスか」

「……間白地がアウターだった。それだけだよ」

「あぁ、それは……厭ですね」

 サングラスに隠れた虎柄の目が細められたのは、口に含んだコーヒーの苦さからだけではない。

「勝手にアウターじゃないって期待したこっちが悪いんだけどさ。でもやっぱり、期待を裏切られたわけだし」

「縁日さん、そういう湿っぽい話は姐さんのためにとっといたほうがいいんじゃ?」

「それも厭だね。岬の前では、カッコつけられるところはカッコつけないと」

「ははっ、そうですか」

 どの口が、と冗談交じりにいいそうになるのを堪えた。普段あれだけ仕事から逃げようとしていたり、突然の差し入れに狂喜したりするのに、カッコつけたいというのだ。岬はそういうダメなところも魅力的わるくないと言っていた。なにより、縁日の『妙なこだわり』が理解できなくもない。


「ところで、今日麻雀は?」

「あぁ。俺以外みんな風邪ひいたんで面子揃わないんスよね。なんかないっスか?」

「そうだな……この二か月、いや三か月分の盟元市からの連絡文書の洗い出しと、そうだな……半年分の盟元に行ったアウターの能力について。等級はDくらいで、特に火炎系と飛び道具系で頼む」

「……奇妙な調べものですね。わかりました」


 飲み頃まで冷めたコーヒーを飲み下し、虎柄は奥の部屋に走っていった。

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