四体目『不死を病む』

「ホー、ヤーン、ディ?」

「え、なんですか。分からないです」

「ワカラナイデス、ワカラ、……わ、わーらあ、ワッツ、アップ?」

「ワッツ?」

「あーんん、ダイジョウブ?」

「あ、はい。大丈夫。なんですか、宝石。くれるの?」

「翻訳機だ。持っているのは、火筒を、こちらに向けているのか?」

「あ、すいません。気付かなかった。あの、えーっと、誰なんですか?」

「私の名は、ミミ=コスタライカ・ノースラッシャーだ」

「ノースラッシャー?」

「コスタライカは血族名、ノースラッシャーは出身名、ミミは通称だ」

「じゃあミミって呼べばいい?」

「そう。あなたの名前は何か?」

「名前は、赤平紅太。伝わってるかな、翻訳機って、どういう機能なんだろう」

「過去の漂流者が言葉を残していった。およそ十二種。それが宝石に刻まれている」

「宝石に……、緑色って、エメラルドかな。中に傷みたいなのあるな」

「風の刻印は緑玉が媒介、用いるのは主に鳥や、蝶や、雲から力を借りる事もある」

「魔法みたいな物かな。シアン、表示しろ、シアン」

「シアン?」

「あ、いや。いいんだけど、どこ行ったんだ。さっきの……人は何?」

「人ではなく、反死者だ。教えた方がいいのか。あれは今、大陸中に蔓延している不死病に冒された者達だ。あれに噛まれ、死ねば、死体が動き出す。死ななければ、体が腐り始める。そして動きを止める為には焼くか、切り刻むしかない。噛まれたのか」

「いや。それってゾンビみたいな事?」

「ゾンビ、という呼び名があるのか。ゾンビ。ゾンビ。ゾンビ。合わないな」

「いや。特にそういう事でもないけど、反死者って言うのか」

「他に、特に非難を込めてスワァコと呼ぶ者も居る」

「スワコ?」

「ちがう。スワァ・コップ、と言った」

「あの、とりあえず、外に出たいんですけど」

「そうか。構わない。ああ、そこの反死者に気を付けて」

「ミミって、この、ここの人なんですか」

「字はノースラッシャーだ。そうだ、ここで樹化と人化を繰り返している」

「うーん、うわっ、シアンか。なんだ」

「森の民は樹木から産まれ、長く生きた後、樹木の中で眠り、また目覚めますね」

「ジュ・アカ、この死体を運ぶのを手伝って貰えないか。アカは足を運んで欲しい」

「どこに。あ、赤平だけど」

「森の奥に丘がある。人数分の穴が掘られている」

「木の中に戻るんじゃないの」

「焼いて、埋める。再び目覚めた時、反死者が目覚めたら困るからだ」

「そうですか。今って、ミミ。一人?」

「二人、逃げた。十七人、埋めた。反死者が五人、どこかに逃げていった。そのうちの一人がこれという事になる。他のノースラッシャーの民は、十人、木の中で眠りに就いている。目覚める様子はない。私は、このまま目覚めなければいいと彼らに思う」

「どうして」

「反死者に噛まれて反死者になる危険が無いからだ」

「そういう事か。冬眠、というか仮死状態みたいな事なのか」

「アカヒラは、どこに居たんだ」

「……クレタでいいけど、どこにって、ここに来る前の事? 漂流者って言ってたけど」

「二十人、アースと呼ばれる世界から漂流者が来ている、クレタも来たのか」

「僕もたぶんそれと同じ所から。二十って事は、一世紀に一人くらい来てるって感じか」

「クレタ、タカハシ・キューゼンを知っているか」

「知らない。出身は近いと思うけど、幕末くらいの人かな」

「分からない事は聞かない。クレタ、あそこに見えて来たのが目的地だ」

「ああ、高台になってるな」

「さて、どの穴にしようか。クレタ、気に入った物があるなら選んでいい」

「じゃあその、近くのでもいい?」

「これか。地面に置くぞ、……もう少しこっちに寄せるんだ。中に落とすから、そこにある鍬で土を掛けてくれ。ふう、二人で運ぶと一人で運ぶよりも早いな。あと三人分か、このまま手伝ってくれるか。穴を、もう一つ掘らないといけないんだ」

「いいけど、あの。この近くに大きな街とかってないのかな」

「街? 近くは、ずっと森だ。出るのには時間が掛かる。隣の村から街道を通って街に出られる。そこでいいなら案内をする。森から出るには、そこから四、五夜歩かないといけない。大きい街まで行く商隊か旅人が居れば、クレタもそこに同行すればいい」

「街って、どんなところ?」

「赤金商工隊という組織が採掘を行っている鉱山町がある、ヴルカーン・パドという」

「なんか、病気の人が多かったりしない?」

「詳しいな。土地が汚れていると樹術師が診断してから体の異変を訴える者が増えた」

「典型的な金属中毒、きっと色々な物質が垂れ流しでしょうから近付く事はないですね」

「……詳しくはないけど、それでどうなった?」

「有力者は少し離れた肥沃な土地に新たな街を作ったそうだ」

「そうか。あの、終わったけど」

「そうなると、手向けに一つ……クレタ、持っていた火筒はどうした?」

「出せるけど。シアン。出せって、弾はいいから、早く。ほらこれ」

「それを一つ射ってやってくれないか。違う、空に向けてだ」

「わ、わかってるって。一発でいい? よし、じゃあ撃つけど。こう、この辺か……」

「……うぉわっ! 音が、強いな」

「いってえ、反動がすごい……、これでいい? 何発も撃ちたくないんだけど、薬莢は、どこに落ちた、回収しないと……した方がいいのか、シアン。シアン、薬莢がどこに行ったか分かるか。なんですぐ居なくなるんだ。おっと、後ろ居たのか」

「これを、撃ったそばからちゃんと回収してますね?」

「騒ぐよりも穴を掘るのを手伝ってほしい。そこの鍬を使って」

「それはいいけど、なんか、バラバラのやつとか無かったか?」

「荷車を出そう。クレタ、今日は村で休むのか」

「え、ええ、え? 泊まってっていいなら、今日は泊まって行こうかな」

「それがいい。家なら全て空いている。好きな所を使って、反死者が出たら逃げるんだ」

「出る事あるのか」

「食事は、何か食べられないものは?」

「何があるのか分からないけど」

「川で魚や、蛙を採る。底舐めという、泥の臭いが強い体に粘液を纏った魚だ」

「エルフっぽいのに肉食なんだ」

「彼らは花でも土でも、飢えれば何でも口に入れますね? 人以外は」

「……そうすか。そういえばシアンは何か食うのか?」

「チョウザメの卵を。四十二宮なので」

「クレタ、その穴はもういい。次のはまだ小さい反死者なんだ」

「そうか、ミミも小さいよな。百四十センチくらいか?」

「んん? ミミはこのくらいだ」

「それは、そうだけど、他の人達より小さいみたいな意味で」

「それは森の民が起きている時間が長いと老いていくからだ」

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