二体目『四十二宮に帰ってこい』

「ここまで来られただけでも幸運だと思ってください」

「どこだここ?」

「あなたはだれ?」

「僕は、いやそっちは把握してるべきなんじゃないの、知らないけど」

「あなたは赤平紅太、十六歳、日本人、高校生、男、独身、ですね」

「そうだけど、それがなに。別に結婚するような年じゃないし」

「正確には、十六歳が結婚するような年じゃない文化圏に生まれ育った人、ですね」

「ここは、違うのか?」

「ここには結婚とか出産とか離婚とか、そういう概念自体がありません」

「じゃあ何で結婚とか言ったんだ。逆に何があるんだ」

「死と、再生以外の全てが」

「……ここって何なんだ?」

「四十二宮」

「に、来れたら何が幸運なんだ? さっきそんな事言ってたけど」

「ここに来られなかったら不運だという意味です。これまでの三百人と同じように」

「それで、誰? っていうか何?」

「識別名はマゼンタ一九二六。他の四十二宮と同じ四十二宮です」

「マゼンタって……。僕って、確か車に轢かれたんじゃなかったか?」

「死にました」

「っていうかお前に轢かれたんじゃなかったか?」

「轢きました」

「あの運転手は、どうなったんだ? 年寄りの、居ないって事は死んでないのか?」

「竹原拳次、七十歳、離婚歴あり、農大卒、子供が三人、実家は果樹園、ですね」

「誰かは知らないけど、どうなったか教えてくれよ」

「ここに連れて来る必要はないと判断し、生かしておきました。あの時からしばらく畑の中に引っ繰り返った軽トラックの中で眠っているでしょう」

「しばらくって、今って事故からどのくらい経ってるんだ?」

「ここでは、あの事故より以前も以後もありません。あそこに事故がある、それだけです」

「じゃあまだ、生き、返れるって事か、僕も」

「それは出来ません」

「なんで」

「あの事故は、竹原氏が運転中に突如意識を失い、ハンドル操作を誤った為に、偶然そこを通りかかった女子高校生、上坂有葉に衝突しそうになって、それを回避する為に道路脇の畑に突っ込み、トラックを横転させて終わった、そういう事故になりました」

「違う、僕に、まっすぐ突っ込んで来て、轢かれたんだ」

「そう、そしてあなたは轢かれず、あなたはここに居ます」

「轢かれたんじゃないなら、死ななくていいだろ、早く帰らせてくれよ」

「そうではなく、元から存在していなかった事になり、その残像が今のあなたです」

「いや、今居るし、ここに……、残像じゃなくて、普通に」

「鏡像、と言った方が理解して貰えるかもしれないですね。たとえば上坂有葉の」

「僕がじゃなくて、その上坂って人が僕の、って事じゃないのかよ」

「あなたが必要だったので挿げ替えました。そこに意味とか因果はありません」

「そんな、将棋の駒みたいに」

「一手損ですね」

「知らないけど、じゃあ、僕は……」

「何なのか、という問いについては心地の良い解答を用意出来ません。ただの葦だとでも思っておいてください」

「葦だったら、ここで何したらいいんだ」

「あなたが元居た世界にはあなたが戻る場所はありません。その代わりに別の世界にあなたをぶち込む事になります」

「それは、……なんか、乱暴な、乱暴じゃないか」

「乱暴ですね」

「そう思うならやめろよ」

「現在、そこでは未曾有の大災害が起こり、人類、それから魔族、それから死者、あらゆる存在に危機が迫っています。そこであなたの存在が重要になるわけです」

「世界を救うとか、そういうの出来ないと思うんだけど。指差すなよ」

「失礼しました。でもそういうのをいつもビデオゲームでやってるじゃないですか」

「ホラーゲーは、安全な場所に逃げたり、自分のトラウマを克服したりするだけで」

「なるほど」

「だから急に、別の世界とか言われても、そんな物がある事自体」

「無いですよ」

「信じられない、っていうか、なに、無いって言ったか今」

「世界は常に世界それ一つしかありません。じゃないと、行き来なんて簡単に出来ません」

「それってどれ」

「それは、あなた。赤平紅太であり、上坂有葉でもあるように。葦であるように。ノースライザーキングでもあるように」

「誰それ」

「あなたの世界の、九州のある漁村にぶち込まれた漂流者です。未知のウィルスを持ち、それを撒き散らす使命を持っていた男は、すぐに捕らえられ、そのまま最高機密としてある国家によって隠蔽されました。つまり、それと同じように」

「あれって、そう……どういう事?」

「行けば分かりますが。一つ、武器を与えましょう。餞別として。ああ、横になって。お脳を開きますね。痛くないですよ。ちょっと暴れないで。ほら、脳出して。手を入れますね。意外と冷たいんですよ、脳って。そうそう、何かあなたにとって力を象徴する物を想像していただいて。あ、ありました。出しますよ、いいですか」

「いいのかそれ。大丈夫なのか、出したら忘れたりしないのか」

「これは記憶じゃなくて実物です。はい……出た。ショットガンですか。しょーもな」

「おい、しょーもな、っつったか今」

「装弾数は四プラス薬室の一発。ポンプアクション式、固定ストック、オープンサイト。管状弾倉。口径は十二番。まあ、カスタムは後々もサポートするからいいとして。どうぞ」

「これ、本物か? 本物、触った事無いけど」

「頭の中にあったのか、ですか。あ、お脳だけ閉じさせてもらって」

「う、うう、なんか気持ち悪い。すげえ揺れる」

「少し休んで行かれますか、半永久でも居て構いません、ここでは何も変わりませんが」

「ずっと居たくもないけど。ここがセーフティで、右がセーフ。トリガー……わりと重いし遠いな、エジェクションポートと、ローディングは下からだな。すげえ、カバーがちゃんと連動してる。こうやって持ち上げて……なあ弾は無いのか」

「あります。シアン、来て」

「呼ばれたからすぐ来ましたね?」

「そうだよ。あちらが赤平紅太さん。十二ゲージのバックショットを用意してやって」

「言われたらすぐにやりますね?」

「なんだそいつ、……あ、弾これ?」

「シアン一五四四。可愛がってやってください」

「なあ、試し撃ちってしてもいいのか」

「構いませんが、地面を狙うのはやめて欲しいですね。上なら何にも当たらないので」

「まあ、後でもいいか。で、どこに行けばいいんだ」

「銃を持った途端に。まあいいです。そこは、リヴィエール、と呼ばれています。とりあえず安全な所に下ろします。弾はシアンに貰ってください。同行させるので。シアンは他の人には見えませんからご安心を。銃も持たせておいて構いません。それではお気をつけて」

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