白黒の窓

加加阿 葵

白黒の窓

  色を知らぬ人は言う。

  私はこの景色が好きだと。


  そこには、白黒の世界があると。



  色を知らぬ人は言う。

  漫画や小説が好きだと。


  色を知っている人とも共感できるからと。






 とあるアパートの一室。

 窓際に老人が一人。


 老人はその部屋から外を眺めるのが好きだった。


 朝には、希望に満ち溢れ、可能性の咆哮を上げながら学校に向かう学生たちを。

 昼には、道を挟んで向かいにある公園で飼い犬と戯れてる人たちや、ベンチで一人、本を読む少女を。

 夜には、我が家へと帰る人たちを。


 そんな日常の風景を眺め一日を終える。


 窓から見える白黒の世界、その景色が好きだった。

 それでも老人は思う。


 その世界はどんな色をしているのだと。


「色が知りたいのかい?」


 一人で暮らしているはずの部屋から声が聞こえた。

 窓から視線を外し、振り返ってみても誰の姿もない。


 老人は考える。


 この景色が好きだ。しかし、どんな色なのかも気になると。

 老人は「少し考えたい」とつぶやく。

 それ以降、不思議な声はしなくなった。



 数日後、老人は公園にむかった。

 何をするでもない、ただ身体を動かしてみたかった。

 それだけの理由だ。


 ふと、ベンチを見ると、ベンチで本を読む少女の姿が。

 周りを見ても保護者らしき人は見当たらない。


 老人は一人なのかと少女に声をかける。


 少女は驚いた顔を見せたが、小さくうなずく。

 老人は「隣に座っても?」と言うと、少女は隣を少し開けてくれた。

 本が好きなのかと老人が尋ねると、少女はポツリとつぶやく。


「漫画と小説が好き。色を知っている人とも共感できるから」


 老人は悟る。

 ああ、この少女も私と一緒なのだと。


「おじいさんは空の色って知ってる?青色って言うんだって」


 老人は微笑みながら小さく首を振る。

 私も知りたいと少女に伝えると、少女は少し驚き「おじいさんも知らないんだ」と口を膨らませる。


 少女の話は終わらない。


「信号の進めって青って言うんだけど、空の青と違くて、ほんとは緑色って言うんだって、色って難しいんだね」


 老人は無言で頷くだけだった。


 しばらくすると保護者らしき人がやってくる。


「すみません。うちの子迷惑かけませんでしたか?」


 と、老人に頭を下げ、老人は「いい子でしたよ」と一言残しその場を後にする。

 今まで気が付かなかったが、少女はかなりご近所さんだった。



 とあるアパートの一室。

 窓際に老人が一人。



 数日前に聞いた声を思い出す。

 老人はポツリ「私より色を見たい人がいる」と、名も知らぬ少女の顔を思い浮かべる。


 すると、声が聞こえる。


「ほんとにいいのか」


 聞けば、魔法のレンズというものがあり、それを人に与えると世界の彩りが見えるようになると。


 そして、それが一つしかないということも。


 何故、声の主が最初に少女ではなく老人に声をかけたのかは不明だが、おそらくあの時あの時間に色を渇望したのが老人の方だった。

 ただ、それだけのことだろう。


 老人は「かまわない」と一言。窓際の椅子に座る。


 季節は巡り、今日もまた老人は窓の外の白黒の世界を眺める。


 朝には、希望に満ち溢れ、可能性の咆哮を上げながら学校に向かう学生たちを、その中にはあの少女も。

 昼には、道を挟んで向かいにある公園で飼い犬と戯れてる人たちや、ベンチで雑談する近所の人たちを。

 夕方には、我が家へと帰る学生たちを。


 インターホンが鳴る。


 老人は立ち上がり玄関に向かう。

 ドアを開けると、そこにはあの少女が。


 部屋に上げると、少女はその日あったこと、こんな色に出会ったことを嬉々として語りだす。


 老人は微笑みを浮かべる。



  色を知らぬ老人は笑った。

  私はこの景色が好きだと。


  そこには、今までと違う白黒の世界があると。



  色を知った少女は笑った。

  空の青と信号の青が違う色だと。


  色を知っている人と共感できたと。


  鮮やかな色をした美しい心のまま笑った。

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白黒の窓 加加阿 葵 @cacao_KK

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