第10話 転生の苗木

 俺は痙攣しているかのように耐えようと踏ん張るが、十秒ほど経過した辺りで美しい彼女への対抗心が完全に殺され、すんなりと差し伸べられた手を握る。


『さぁ、お互い受け入れ合いましょう』


 そして誘導されるがまま緑髪の女と唇を合わせ、祝福を受けた時の輝きが彼の身を覆む。


『ふふ、まさか私の手が届く範囲に世界樹の子が生まれるなんて。可能性の苗木…!美しいです!後は適当に従属させた有象無象を食べさせれば世界樹の完成っ!美しい未来が描けましたっ!』


 興奮して頬を赤らめながら、彼女は光が落ち着いた苗木の方へと視線を落とす。そのシルエットは人間の面影はあるものの、至る所から植物が生い茂り、とても神秘的な姿になっていた。


『あぁ本当に美しい苗木。これまで会った何よりも神秘的で美しいわ。ほら、こちらにおいで。』


 そして祝福を受けた苗木は、彼女が腕を広げるのを見て身を差し出すように抱きつき、口を開いた。


『吸収』


 瞬間、二人の抱きついた箇所が、苗木の体の中へ入り込んでいき、緑髪の彼女は顔や腕、足の一部が宙に舞う状態になっていた。


『!?なぜ私を攻撃するのです!私は美しい主で、養分ではありません!!貴方に与えられた能力は、私が用意した餌で行うのです!』


 怒りを含んだ言葉を前に、苗木は慌てた様子で、祝福によって習得した念話を使って返答する。


『申し訳ございません!美しいあなた様を害する気持ちはなかったのです、どうかお許しください…!!』


 怒りの感情を浮かべながらも、甲高くも美しい声と、上目遣いで謝る苗木の様子を見た彼女は散乱した身体の一部を合わせながら落ち着きを取り戻す。


『確かに初めての力なので仕方ありませんね。これも一年あれば治りますし、何より貴方が世界樹になれば、私を癒す事など造作も無い事です。許します、許すので怯えずにこちらへいらっしゃい。』


 彼女はバラバラになった身体を集めて、一回り小さい姿になると、再び二人は全身を覆うように抱きつく。


『吸収』


 そうして再び吸収された彼女は、頭部だけの姿になりながら酷く困惑する。


『なぜ私を攻撃するのですか!あなたは私に従属しているのですよ!?』


 その言葉に俺は薄く笑みを浮かべながら答える。


『勘が鈍くて助かった。今回は完全上位互換すぎて本当に死んだかと思ったよ。』

『どういう!?私は確かに貴方を魅了して従属したはず!』


 驚くのも当然、俺にとっても魅了されていく中で取ったあの行動は、本来成り立つべきではないほど無理難題な博打であった。


『自分に自分を従属させた』


 従属が重複できないという理想論から、自分で自分を従属させるという無理難題。そしてそれを成立させる理由、植物と俺の関係ーーいわゆる転生を利用した作戦だ。


 俺は人間の意思と植物の意思を分けて考え、精神世界にいる自分を人間の意思の方だと決めつけた。その理由はこの女が言ったように、人間の形をしていたからである。

 そしてその後、転生後の植物意思、無いにも等しいそれから『生き残る』という強い指示だけを人間の意思に与え従属した。


『皮肉な話だよな。自分のために自分を殺す、自分だけを信じる。早くも二度目の転生をした気分だ。まぁ実際、転生前後の自分がひとつになった感覚はあるしね。』


 そう言いながら、俺は頭部だけになった彼女に近づく。


『ちなみにキスした時の輝きも、生き残るために自分で自分に祝福を与えた。それとここでの姿が変わったのは植物と人間がひとつになった結果かな?まぁどっちも植物側の俺がやった事だけどさ。』


 次々と語られる言葉に、彼女は信じられない様子で慌てる。


『転生…?何を馬鹿げた事を言っているのです!そんな戯言、今時御伽話にも語られていません!死んだら土に還って終わるのです。変な冗談はやめて、私の元へ戻りなさい!』


 しかし俺は気にする事なく語り続ける。これは別に自慢大会をしたい訳じゃなく、植物と人間の俺が組み合わさった事による自分への整合性を見極めていた。


『それとキスした時から俺のこと美しいって言い始めたの、あれは俺の魅了だね。抱きつくように仕向けたのもそれが原因。最初の吸収に関しては人間の俺は完全に魅了されていたから、植物の生き残れって意思が効いてるな。一度吸収してからは効力も落ちて対応できたけど、本当に舐めてくれて助かった。』


 そうして俺は再び彼女の目の前で腕を広げて見せる。


『やめっやめてっ!』

『さぁ受け入れ合いましょう?だっけ?俺は死にたくないから受け入れないけど、君は受け入れてくれるよね?』


 その言葉と同時に、吸収で強化された魅了を発動していく。すると数秒掛からずに彼女は吸収の恐怖から、抱き合える幸福へと表情が変わっていった。


『あっ苗木様…美しい、貴方様に全てを捧げたいっ』


 そして俺が知らずのうちに吸収し損ね、生き残るために隠してあったのであろう体のほんの一部たちも頭部に集まってくる。


『魅了って怖いね、転生したら仲良くしようよ』

『はいっあなた様に全てを捧げますっ!』


 そうして俺は魅了の恐ろしさを肌で感じながら、彼女の全てを吸収する。ちなみにこの吸収とは、可能性の苗木に進化した時に手に入った新しい能力で、相手の全能力を自分のものにするという壊れた性能だった。ちなみにその割合は吸収した身体の割合に比例し、流石に成長の倍率効果までは反映されなかった。


『そろそろこの空間も終わりか』


 俺は再び意識が薄れていくのを感じながらも、そう言えば俺って虎に襲われていたなという事を思い出す。


 え?俺生きてるよね?

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