第31話
☆☆☆
瑠衣が解体部屋へ入ってきた時、その視線はすぐベッドへ向けられた。
もういなくなった夢羽に、少しだけ表情が暗くなるのがわかった。
「瑠衣、お待たせ」
あたしはできるだけ明るくそう言った。
「あぁ。解体ってやっぱり結構時間がかかるんだな」
「ごめんね。あたしがまだまだ未熟だからだよ」
そう返事をしながら、瑠衣をベッドへと促した。
「モコはよく頑張ってるよ」
瑠衣に褒められて、ほんのりと顔が熱くなった。
「瑠衣にそう言ってもらえると嬉しい」
あたしは素直にそう言った。
思えばこうして瑠衣と会話するのは久しぶりだった。
今は夢羽もいないから、瑠衣はあたしだけを見てくれている。
それはとても嬉しくて、そして同時に切ないことだった。
「モコは、俺のどんなところがすきだった?」
「どんなって……全部かな」
当たり前のようにそう言うと、今度は瑠衣が頬を赤らめた。
「よくそんな恥ずかしい事が言えるな」
「だって、ここが好きって言えるってことは、その部分がなくなったら好きじゃなくなるってことでしょ?
あたしは、瑠衣がどんな瑠衣でも好きな自信があるから」
真っ直ぐに瑠衣の目を見てそう言うと、瑠衣はフイッと視線をそらせてしまった。
不機嫌になったのかと思ったが、瑠衣の顔が更に赤くなっていたので照れているのだと言う事がわかった。
「でも、瑠衣の相手が夢羽でよかったと思ってる」
「……本当か?」
「うん。なんだか、2人ってとてもお似合いだもんね」
そう言うと、瑠衣は嬉しそうにほほ笑む。
この笑顔はあたしが相手だと引き出す事はできなかったかもしれない。
夢羽と瑠衣だからこそ、ほほ笑みあう事ができたのだ。
「ねぇ瑠衣。瑠衣は結構モテてたんだよ?」
「はぁ? 嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。2年生の先輩の中にも、瑠衣のファンがいたんだから」
そう言うと、瑠衣は驚いたように目を見開いた。
瑠衣は本当に何も知らなかったようだ。
グラウンドで体育のサッカーをやっている瑠衣の姿を見て、ファンになった子は沢山いた。
あたしは昔を懐かしむように会話を進めながら、瑠衣の体を切断していった。
瑠衣はガッシリとした体だから、最初から最後までのこぎりを使う。
肉片がバラバラになってしまうけれど、あたしは瑠衣の綺麗な目だけあればそれでよかった。
「なんだ、俺って結構モテてたんだな」
会話の途中で瑠衣がそう言ってニヤリと笑う。
少し調子に乗らせてしまったようだ。
「そういえば瑠衣って勉強は全然できないよね。宿題も全然してこないし」
「お、おい、その話はやめてくれよ」
瑠衣が慌てたように言う。
その様子を見てあたしは声を立てて笑った。
こんな風に瑠衣をからかえるのも、これが最後なんだ。
「でも、夢羽に勉強を教えてもらうようになってから、少しは成績も上がったんでしょう?」
あたしは休憩時間中に教科書を広げていた様子を思い出してそう聞いた。
「あぁ……夢羽は教え方が上手だったからな」
瑠衣の口調がゆっくりになる。
少し眠くなってきたようだ。
瑠衣の両手両足を切断したあたしは、のこぎりを瑠衣の首に当てた。
涙を流すつもりなんてなかったのに、涙は自然と流れて瑠衣の頬に落ちていた。
「モコ……どうした?」
「だ、大丈夫だよ!」
あたしは大きな声でそう答えた。
瑠衣は心配しながらも、もう目を開けない。
「夢羽はねあたしの大好きな友達だよ。夢羽はきっと瑠衣を待ってると思うんだ。だから早く……」
早く、行ってあげないとね。
その言葉を言う前に、あたしは瑠衣の首を切り落とした。
瑠衣の体からフッと生気が抜けていくのがわかった。
「る……い……」
あたしはのこぎりを持ったままその場に立ち尽くす。
「瑠衣……瑠衣!!」
分かっていたことだったのに。
どうしてこんなに辛いんだろう。
あたしは涙をこぼさないように天井見上げた。
河田さんの作ったシャンデリアが目に入る。
好きな人を楽にしてあげる事が、どうしてこんなに苦しいんだろう……。
生まれて来た生き物たちは必ず死ぬ。
『ロマン』から1人で学校へ戻ってきたあたしは、机に座ってぼんやりと瑠衣と夢羽の机を見つめていた。
随分時間が経過したように感じていたけれど、『ロマン』を出た時まだ午後の授業が始まる前だったのだ。
いつの間にかあたしは解体という仕事に慣れてきていた。
手際もよくなり、『お客様』を不安にさせることもない。
2人はとても穏やかな眠りについて、そして消えて行ったのだ。
「モコ、どうしたの?」
ぼんやりとしているあたしを心配して、隣の席の子が声をかけて来た。
いつも一緒にいるほど仲が良いワケじゃないけれど、隣同士なのでおしゃべりをよくする子だ。
あたしは「ちょっと、疲れちゃって」と、ほほ笑んだ。
「瑠衣君と夢羽ちゃんは戻ってこないし、なにかあった?」
そう聞かれて、あたしは夢羽の爪で作ったブレスレッドに視線を落とした。
2人はもう二度と戻っては来ない。
それを知っているのは、あたしだけだった。
「大丈夫だよ。あたしは2人の相談に乗ってあげてただけだから」
「あぁ~。夢羽ちゃんって家が厳しくて自由な男女交際ができないんだっけ。でもさ、瑠衣君となら大丈夫な気がするよね。
親の反対なんて押し切って、2人で幸せになれそうな感じがする」
そう言って、友達はほほ笑んだ。
「そう……だね……」
あたしは溢れ出しそうになる涙を押し込めて、そう言ったのだった。
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