第30話
2人は河田さんにとって『お客様』なのだ。
解体して成仏させるべき存在……。
あたしはグッと拳を握りしめた。
「瑠衣、夢羽。もう行こう」
あたしは2人の手を掴み、出口へと向かう。
「行くって、どこへ?」
瑠衣が足を止めてそう聞いて来た。
「学校に戻ろう」
「どうして?」
今度は夢羽がそう聞く。
「どうしてって、まだ授業中じゃない」
振り返り、そう返事をする。
しかし、次の瞬間言葉を失った。
2人の腐敗は急激に進んでいるのだ。
今朝はまだ手の甲が青くなっていたり顔色が悪かったりしただけなのに、その顔は黒く変色し始めていた。
「もう、戻れないよ」
瑠衣が優しくほほ笑みながらそう言った。
「どうして……? 魂が強ければ10年は腐敗が進まないんでしょう!?」
「2人の気がかりが晴れたんじゃないか?」
河田さんの言葉にあたしは首を傾げた。
しかし、2人は笑顔を浮かべて頷きあっている。
一体どういう事!?
1人で混乱していると、夢羽があたしの手を包み込むようにして握りしめた。
「あたしたちの心残りは、モコだったんだよ?」
「へ……?」
あたしは唖然として、2人の手を離してしまった。
2人の心残りはあたし?
ますますわからなくなって、あたしは瑠衣と夢羽を交互に見つめた。
「俺、モコの気持ちに気づいてた。それなのに気が付かないフリをしてて申し訳なくて……」
「あたしも。あたしがいなければモコの気持ちが瑠衣に届いていたかもしれない。
そう思うと、同じ相手を好きになってしまったことを後悔したりしてた」
そんな……。
あたしは2人の優しさに涙が滲んでくるのがわかった。
「2人の魂が体から抜けなかったのは……あたしが原因?」
声が震えていた。
あたしが自分の気持ちを素直に伝えていれば、そしてちゃんと振られていれば、2人は半年前に成仏できていたのだ。
「ご……めん。ごめんね瑠衣、夢羽。あたしが、告白する勇気がなかったから……!!」
死んでもなおあたしの事を気にしてくれていた2人に、次から次へと涙が出て来た。
「大丈夫だよ、こうしてモコと向き合う事も出来たし、なんだかあたしホッとしてる」
夢羽があたしの体を抱きしめて来た。
夢羽の体はとても冷たくて、身震いするほどだ。
「そうだよ。俺たちだってちゃんとモコに向き合っていればこんな事にはならなかったんだ。言い出しにくいからって逃げていたのは、俺たちも同じなんだ」
瑠衣があたしの頭をポンッと撫でた。
自分にとって2人がこんなにも大切な存在だったなんて、今更になってわかった。
あたしにとって瑠衣と夢羽はそばにいてくれなきゃダメな存在だったんだ。
でも、2人はもう……。
あたしは涙をぬぐい、夢羽を見た。
夢羽の目にも少しだけ涙が浮かんでいるように見えたが……それは夢羽の体を出入りしている小さなうじむしだった……。
河田さんと瑠衣のいない解体部屋で、あたしは無言で作業の準備をしていた。
カッパを着てマスクをつけ、使う道具を確認する。
ベッドの上には夢羽が横になっていて、黒く変色した頬に手を当てている。
「少し力を入れるだけで崩れてくるよ」
あたしがそう言うと、夢羽は指先に力を込めた。
指の半分ほどが皮膚に食い込み、赤黒い血液が流れ出す。
「本当に、腐ってるんだね」
自分の指にへばりついた皮膚を見て夢羽が呟く。
少し切ないその声に、あたしは鼻の奥がツンとした。
だけど、今はあたしは解体屋。
そして夢羽は『お客様』だ。
『お客様』を不安にさせる言動はつつしむべきだ。
「大丈夫だよ。みんな死んだから腐敗するんだから」
明るい調子でそう言うと、夢羽は笑って「そうだよね」と、返事をした。
「解体する時は痛みもなにもないの。ただゆっくり眠くなっていくからね」
「そっか……。眠るようにっていうのは、こういう事なんだね」
「そうかもしれないね」
あたしはメスを手に持ち、それを夢羽の足の付け根に押しあてた。
本来ならのこぎりで一気に骨まで切断してしまうのだけれど、夢羽の体をできるだけ綺麗に解体したかったのだ。
それからあたしと夢羽は学校であった楽しい想い出話していた。
入学してからたった数か月だけれど、色々な事があった。
入学初日、体育館で先輩が同じクラスの子に大声で告白していたこと。
クラスメートのお調子者の男子が罰ゲームでセーラー服を着て登校してきた時の事。
初めてのテストで、答えの書かれている解答用紙が間違えて配られてしまった事。
思い出してみれば本当にたくさんの出来事があった。
「本当に、みんなといると楽しかったなぁ……」
夢羽が少し眠そうな目をしてそう言った。
あたしは夢羽の両足を切断し、腕の解体に差し掛かった所だった。
「そうだよね。こんなクラス初めてだよ」
そう言いながら、あたしは夢羽の腕にメスを入れた。
スッと線を引くように傷がつき、黒い血液が流れ出す。
メスを置くまで押し込むと、すぐに骨に突き当たった。
夢羽はとても細いから、解体もスムーズに進んでいく。
のこぎりに持ち替えて、骨を切断する。
「なんだかとても心地いい気分だよ」
「そう? それならよかった」
意識の半分が消えているような、トロンとした夢羽の表情。
もうすぐ夢羽はこの世から消えてしまう。
あたしの手で、消してしまう。
あたしは下唇をかみしめて、辛い気持ちを押し込めた。
そして夢羽の腕を完全に切断したのだった……。
「夢羽……」
呼びかけても返事をしなくなった夢羽に、あたしはようやく一筋の涙を流した。
一度はライバル視し、遠ざけていた夢羽。
そんな夢羽を自分の手で解体することになるなんて、夢にも思っていなかった。
あたしは夢羽の爪を一枚一枚綺麗に剥がし、腐敗防止の液体に付けた。
夢羽の爪は細長く、とても綺麗な形をしている。
初めて夢羽と会話をした時から、あたしはそのことに気が付いていた。
夢羽の切断した体をゴミ箱へと捨てて、ベッドの上を綺麗にする。
そしてあたしは爪を液体から取り出した。
少し薬品臭いけれど、この臭いもすぐに取れて消えていく。
あたしは夢羽に爪にピンク色のネイルをした。
可愛くて、女の子らしい夢羽に一番似合う色だ。
そして爪の一つ一つに小さな穴を開けていき、伸縮性のある透明な紐を通した。
まるで貝殻で作ったように見えるブレスレッドに変身する。
誰もこれが人の爪でできているとは思わないだろう。
あたしはそれを身に付けて、瑠衣の名前を呼んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます