第27話

笑顔でそう言ってくれる舞美に、心の穴が完全に塞がって行くのを感じていた。



恋人ができてもあたしたちの関係は変わらない。



そう言ってもらう事で、とても安心している自分がいた。



「でもさぁ……」



舞美が目を輝かせてあたしを見て来た。



「なに?」



「楓って好きな人できたんだね?」



その質問にあたしは一瞬硬直してしまった。



勢いで楓の事まで話してしまったけれど、舞美はまだ何も聞かされていなかったようだ。



「えっと……何の事?」



あたしはわざとらしくとぼけて見せた。



「あ、とぼけるなんてずるいぞ!!」



舞美は笑う。



そしてあたしも笑った。



変わらない関係が、ここにあった。



みんなそれぞれ好きな人ができても、この関係は変わらない。



そうわかると、あたしの涙は引っ込んでいた。



そして高校を卒業してからもこの関係はきっと続いていく。



そう思うと、嬉しくなった。



「モコ、今日は機嫌がいいね?」



放課後、楓にそう言われたので「そうかな?」と、首を傾げる。



本当は変わらない関係を築くことができてとても嬉しいのだけれど、それを口に出すのは少し照れくさかった。



「楓も、今日はバイトだから機嫌がいいんでしょ?」



そう聞いてみると、楓はすぐに頬を染めた。



今まで好きな人ができたこともなかったという楓。



河田さんの事になると、まるで乙女のような反応を見せるのだ。



「そりゃぁ、『ロマン』のバイトはとても楽しいし……」



モジモジとそういう楓。



そう言えば、まだ楓に『ロマン』をやめる事を伝えていなかった。



「ねぇ楓」



「なに?」



楓は赤い頬をしたままあたしを見る。



その可愛さに女のあたしまでドキッとしてしまう。



「あたしね、『ロマン』辞めるの」



思いきってそう言うと、楓の顔から笑顔が消えた。



「なんで……?」



眉をㇵの字にして、今にも泣きだしてしまいそうだ。



「お金も随分貯まったし、楓もバイトとして入ったし、あたしはそろそろ辞めてもいいかなって思って」



「もしかして、それってあたしのせい?」



「何言ってるの、そんなわけないでしょ?」



あたしは慌てて楓の言葉を否定した。



「だって、あたしがバイトを始めるまではモコ1人がバイトだったんだよね?」



「それはそうだけど……」



あたしは返事に困ってしまった。



「とにかく、『ロマン』に向かおうよ」



あたしはそう言い、楓と一緒に教室を出たのだった。


☆☆☆


『ロマン』への道のりで、あたしは必要な分だけ貯金できたからバイトを辞めるのだと言う話を、ずっと楓に聞かせていた。



楓は最初の内は疑うような事を言っていたが、次第に口数は少なくなり最後には「わかった」とだけ、返事をした。



楓を騙しているようで申し訳ない気持ちになったが、あたしのグチャグチャになった気持ちが原因だなんて、絶対に言えることじゃなかった。



そうこうしている間に見慣れた『ロマン』の前までやって来た。



時間は開店15分前で、ちょうどいいくらいだ。



あたしと楓は隣同士に自転車を置いて『ロマン』の扉を開けた。



「おはようございます」



『ロマン』のお客さん側の椅子に座って新聞を読んでいた河田さんへ声をかける。



「あぁ、2人ともおはよう」



河田さんは新聞をたたみ、立ち上がった。



「楓ちゃん、そろそろ指示なしで開店準備をやってみてよ」



河田さんにそう言われ、一瞬緊張したような雰囲気が楓から伝わってきた。



「はい、頑張ります」



緊張しながらも楓は力強くそう言った。



その様子にあたしは安心しながらも、少しだけ寂しい気持ちだった。



あたしが辞めるから楓を早く一人前に育てたいのだという気持ちが、手に取るように理解できた。



しかし……「モコちゃんは、今日も解体の仕事を頼んでいいか?」河田さんにそう言われて、あたしは目を見開いた。



「また……ですか?」



もう辞めてしまうあたしに解体の仕事をさせる理由がわからなかった。



楓が困った時に手助けをする程度ならわかるけれど、どうして大切な解体の仕事をやらせようとするのだろう?



あたしが解体の仕事ができるようになったって、辞めてしまうんだから意味がないのに。



「年のせいか最近疲れが取れなくてね」



河田さんはそう言い、大きく伸びをした。



「まぁいいですけど……」



あたしは少し疑問を残したままそう返事をした。

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