第26話

それなのに……。



留衣は夢羽を選んだ。



そしてあたし自身も、それを認めた。



気が付けば、頬が涙でぬれていた。



みんなで幸せになりたい。



でもなれない。



1人になりたい。



だけど1人は寂しい。



すんなり辞めていいよなんて言わないでほしかった。



辞めると言ったのは自分なのに、もっとあたしを見てほしかった。



そんな矛盾だらけの自分の気持ちに、自分自身ががんじがらめになって、うつぶせになって枕に顔を押しつけて、大声を出して泣いたのだった……。



食欲もなく、お風呂には入らずにそのまま眠ったあたしは翌日の早い時間に目を覚ましていた。



沢山泣いたせいで頭が痛く、瞼が重たい。



昨日自分が河田さんにした電話の内容を思いだして、また最低な気分になった。



思春期の精神状態は不安定で、自分でも自分の事が理解できなくなる。



そんな話を先生から聞いたことがあったけれど、今まさにそんな状態だった。



自分が何を望んでいて、何がしたいのか。



それがわからない。



自己嫌悪に陥りそうになる気持ちを奮い立たせて、あたしはお風呂へと向かった。



筋肉痛は少し楽になっているし、今日はちゃんと学校へ行かなきゃいけない。



舞美と冬におめでとうを伝えられていないし……。



そう考えるとまた胸が痛んだ気がして、あたしは熱いシャワーを頭から浴びた。



舞美は一番仲のいい親友だった。



あたしの隣には舞美がいて、それが当たり前になっていた。



でも、舞美が冬へ告白した時点でその関係がなくなってしまったのだ。



そう思うと、まるで失恋したときのような辛さがあった。



「ひどい顔」



シャワーを浴びながら自分の顔を確認して、そう呟く。



両方の瞼が腫れていて、顔全体がむくんでいる。



両親が起きて来る前にどうにかしなきゃ。



簡単に体を洗ってすぐにお風呂から出ると、蒸しタオルを作って自分の部屋へと戻った。



目を閉じ、腫れたまぶたに押し当てる。



ジワリとした熱が心地よくて、あたしは再び眠りについたのだった。


☆☆☆


次に目が覚めた時は丁度7時になった頃だった。



鏡の前で顔を確認してみると瞼の腫れは治まっていて、ホッと胸をなで下ろす。



頭痛も楽になっているし、これなら学校へ行けそうだ。



生乾きの髪の毛を乾かして、制服に着替える。



念のため鏡の前で笑顔の練習をしてから、あたしは家を出たのだった。


☆☆☆


「おはよう、モコ!」



廊下でそう声をかけられて、あたしは一瞬ビクッとしてしまった。



「お、おはよう」



振り向いて、舞美へ向けて返事をする。



「体調はもう大丈夫なの?」



「う、うん。大丈夫だよ」



あたしはぎこちなくほほ笑んだ。



鏡の前で笑顔の練習をしたのに、いざ舞美を目の前にすると表情が硬くなってしまう。



「そっか、それならよかった。登校してきてすぐに帰っちゃうから心配したんだよ」



本当に心配そうな表情を浮かべる舞美に、ぽっかりと穴が開いていた胸が少しだけ塞がれるような気持ちになった。



「ごめんね、ちゃんと理由を説明せずに帰っちゃって」



「ううん。今日モコの元気な顔が見れたから大丈夫だよ」



そう言い、舞美はあたしの腕に自分の腕をからめてきた。



一緒に歩くとき、舞美がよくあたしにしてきていたことだ。



まるでカップルみたいだと、クラスメートたちから笑われることも多かった。



「ね、ねぇ舞美……」



「なに?」



「告白は……したの?」



恐る恐るそう聞くと、舞美は思い出したように「あ、そうだったね」と、笑った。



「付き合う事になったの、冬とあたし」



その言葉にあたしの胸はズキリと痛む。



やっぱり、告白はうまく行っていたのだ。



「よ、よかったじゃん!」



あたしは無理やり笑顔を浮かべてそう言った。



親友の幸せを素直に喜べない、性格の悪い子だと思われたくなかった。



「ありがとうモコ。でもね、あたしにとってはモコが一番大切だからね」



「え……」



予想外の言葉にあたしは返事ができなくなっていた。



舞美は真剣な表情をしている。



「なんだか今日のモコ、少し辛そうに見えるよ? なにかあった?」



それは何気ない言葉だった。



だけどいつもお互いを見ているからこそ言える言葉。



舞美のいつもの優しさが心の中に広がって行くのがわかった。



「なんでも……」



『なんでもないよ』



そう言いたかったのに、言葉が喉の奥につっかえて出てこなかった。



そのかわり、止まったはずの涙がジワリと浮かんでくる。



涙を押し込むためにその場に立ち止まるあたし。



それなのに涙は停まってくれなくて、あたしの頬を伝って流れてしまった。



「モコ、どうしたの?」



「舞美が……あたしの隣からいなくなると思って……」



素直な気持ちがあふれ出す。



それと同時に舞美が呆れた表情になった。



「冬と付き合い出したら冬といる時間は増えるけど、だからってモコを忘れるわけじゃないよ?」



「うん……。でも最近、夢羽も、楓も好きな人といい雰囲気だから……あたしだけ1人ぼっちになる気がして……」



まるで子供が駄々をこねているような自分の言葉に、自分自身でも嫌になる。



それでも舞美はあたしの言葉をちゃんと聞いてくれていた。



「みんな一斉に恋人ができると不安になっちゃうよね……」



そう言い、舞美はあたしの手を握りしめた。



「でも、恋人がいるからって友達じゃなくなるわけじゃないよ?」



「……うん」



「モコはあたしの親友。今までのこれからもずっと」

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