第25話
「そうなんだよね。もう、全身筋肉痛だよ」
あたしは素直にそう言った。
でも、今日は行かなきゃいけない。
昨日舞美からあんなメールを受け取っているし、その後どうなったのかが知りたかった。
「しんどくなったら連絡するのよ? お母さん迎えに行くから」
「うん。ありがとう」
あたしはそう言い、ホッと胸をなで下ろしたのだった。
☆☆☆
いつも通り学校へ行くと、校門をくぐったところで後ろから声をかけられた。
「おはようモコ!!」
その声に振り向くと、楓が小走りにやってくるのが見えた。
昨日河田さんと沢山会話ができたからか、とても嬉しそうな顔をしている。
「おはよう楓」
「今日、学校には来ないかと思ったよ」
楓の言葉にあたしは小さく頷いた。
「本当はちょっと休みたかったんだけどね」
「だよね。荷物持ってあげるよ」
そう言うと楓はあたしのカバンを奪うようにして取った。
「ごめんね、ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ。モコが昨日必死で頑張ってくれたお陰で、河田さんと沢山会話する事ができたんだから」
やっぱり、楓が上機嫌な理由は河田さんだったようだ。
「あとね、モコは気が付いてなかったけど昨日あたしも解体部屋に入れてもらったの」
「えっ……」
あたしは目を見開いて楓を見た。
楓が解体部屋へ入って来たのなんて全然記憶にないし、あんな血まみれの光景を見て大丈夫だったのだろうかと心配になる。
しかし楓は「あたしは大丈夫だからね?」と、言ってきたので安心する事ができた。
「そっか、それならよかった」
「まぁ、少しは気分が悪くなったけど、モコがグロテスクな映画を平気で見てる理由もわかったし、あんな秘密の部屋を教えてもらえてとても嬉しかったんだよ?」
確かに、あの部屋へ入れられると自分は特別になったんだと感じる事ができるだろう。
解体部屋は河田さんが信用している人間しか出入りできないのだから。
それは楓にとってとても嬉しい出来ごとだったようで、血まみれの『お客様』を見た時のショックも和らいだのだそうだ。
それから2人で『ロマン』の話をしながら教室のドアを開けると、舞美と冬が一緒にしゃべっているのが見えた。
2人の頬はいつもよりピンク色になっているのがわかる。
その光景に一瞬で昨日の告白の結果が理解できた。
舞美の気持ちは冬に届いたんだ……。
嬉しいはずなのに、どこか心に穴が開いてしまったような切なさを感じる。
舞美も楓も、そして夢羽も自分の相手をちゃんと見つけている。
あたしだけ、1人ぼっちだ。
「モコ、どうしたの?」
教室の入り口で立ちつくしているあたしに楓がそう聞いて来た。
「……楓、ごめん。今日はやっぱり早退するね」
そう言うと、自分のカバンを変えでから受け取り、逃げるように教室を出たのだった。
教室から昇降口へと向かう階段の途中、夢羽と留衣が一緒に登校してくるのが見えた。
2人と目が合い、思わず視線をそらしてしまう。
「モコ? どうしたの?」
夢羽が不思議そうにそう聞いてくるのを無視して、2人の横を走って通り過ぎて行った。
夢羽は悪くない。
あたしが自分から諦めたんだから。
今はもう夢羽と留衣の間に割って入ることすらできない。
2人の間に隙間はすでになくなっているのだから。
そしてその隙間を埋めさせてしまったのは、きっと留衣の事を諦めたあたし自身が原因なんだ。
留衣があたしを見てくれなくても、2人が切ない関係でも、ずっと頑張っていればまだ2人と笑顔で会話をすることができたかもしれない。
でも、今のあたしにはそれすらできなかったのだった……。
☆☆☆
学校から家に帰る途中、あたしはコンビニに立ち寄り、店の隅っこに設置されているATMで残高照会をした。
銀行の中にはお年玉とバイト代の貯金、合わせて50万円ほどが入っていた。
今バイトを辞めてもすぐには困る事のない金額だ。
『ロマン』には楓がいる。
楓は物覚えが良く、もう教える事はなにもない。
なにより、楓と河田さんの邪魔にはなりたくなかった。
あたしは通帳を財布に戻し、そしてカバンをギュッと握りしめた。
今あたしが『ロマン』をやめても、きっと困らない……。
コンビニを出たあたしは駐車場の邪魔にならない場所でスマホを取り出した。
次の出会いを探すよりも、一旦1人になりたい。
そんな思いで、河田さんに電話をかけたのだった。
☆☆☆
家に帰ったあたしはベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。
「河田さん……引きとめてくれると思ったのにな……」
小さく独り言を呟く。
河田さんはあたしがバイトを辞めるという知らせを、すんなりと受け入れた。
解体の仕事を任せられるようになっているから、もしかしたら辞めれないかもしれない。
そんなあたしの気持ちは簡単に消えて行ってしまったのだ。
ただ、バイトの契約上辞めると伝えた後1か月は出勤する必要がある。
その後はあたしは『ロマン』を辞めるのだ。
自分で決めた事なのにまだ実感がなくて、あたしは寝がえりを打った。
初めて『ロマン』のコーヒーを飲んでそのおいしさに感動した事を思い出す。
河田さんが淹れてくれたコーヒーの味をあたしも淹れられるようになった時、ものすごく嬉しかった。
『よくできたね』と褒めてくれるのが嬉しくて、何度も繰り返しコーヒーを淹れたんだ。
そのコーヒーの味を思い出した時、留衣と夢羽が『ロマン』へ来た時の事を思い出した。
留衣の事は本当に好きだった。
夢羽には負けないって、思っていた。
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