第19話
突然楓のバイトが決まった翌日。
あたしはいつものように学校へ来ていた。
昨日は色々あったせいでなかなか眠る事ができず、寝不足だ。
「おっはようモコ!!」
教室に入るや否や元気一杯に声をかけて来たのは楓で、あたしはそのテンションに余計に盛り下がってしまった。
「楓、なんでそんなに元気なの?」
「え? そう?」
楓は素知らぬ顔をして首を傾げる。
「あたしは昨日あまり眠れなかったんだよね」
『半分は楓のせいで』
その言葉はグッと飲み込んで楓を見る。
「そうなんだ? 実はあたしもなんだぁ」
とても元気そうに見える楓にそう言われて、あたしは疑いの目を向けた。
「気になる人ができるとなんだか気分が高揚しちゃって、気が付いたら朝だったの」
楓はそう言って笑った。
一方は疲れて眠れず、一方は嬉しくて眠れなかったようだ。
どうせならあたしも後者の方がよかった。
楓を羨ましく感じながら自分の席に座ると、今日は舞美が話しかけてこない事に気が付いた。
いつもなら真っ先に声をかけて来るのは舞美なのに……。
そう思って教室を見回してみると、舞美が冬と一緒にいるのが目に入った。
2人はなんだかいい雰囲気で、楽しそうな笑い声がここにまで聞こえて来る。
「ねぇモコ、あの2人はほっといていいの?」
楓にそう言われて視線を移動させると、そこには瑠衣と夢羽の2人がいて、こちらも楽しそうに会話を弾ませている。
瑠衣と夢羽が一緒にいるところをみるとまだ胸の奥がうずくけれど、もう邪魔をしようという気にはならなかった。
あたしが割って入っても嫌な顔1つしない夢羽を見ていると、自分の行動が子供らしく感じられてしまったのだ。
「瑠衣は夢羽を好きなら、しょうがないことだから」
あたしは小さな声でそう言った。
「モコって、思ったよりも大人だよね」
楓にそう言われ、あたしは思わず「思ったよりもってどういう意味?」と、言い返していた。
「だって、片想いも失恋も、あたしより先に経験してるし」
確かにそうだけど、失恋は経験したくなかったな……。
あたしは視界の端で夢羽と瑠衣を見た。
2人は相変わらず楽しそうにおしゃべりを続けている。
「諦めたとか、夢羽に瑠衣を譲ったとか、そういうわけじゃないんでしょ? モコ自身も納得して2人を認めた。そんな風にあたしには見えるけど」
楓の言葉にあたしは目を見開いた。
楓がそんな風にあたしを見てくれていたなんて思っていなくて、ビックリしている。
みんなが幸せになれればいい。
たしかにそう思っていた。
でもそれでは自分自身が幸せになることができず、結局みんなで幸せになるなんて無理だと結論付けていた。
それでも、楓はそんな風に見てくれていたんだ。
「あたしは、まだまだ子供だよ」
「そんな事ないよ。モコはモコが思っている以上に大人だよ」
楓はそう言い、ほほ笑んだのだった。
☆☆☆
そして翌日。
この日は学校が休み日で、楓と2人でバイトに入る最初の日だった。
『ロマン』の仕事を教える側のあたしと、教えてもらう側の楓。
友人同士で先輩後輩という立場になるとは思っていなかったので、あたしは朝から緊張していた。
河田さんは楓の事を気に入っているようだし、難しい業務ではないから心配はしていない。
あたしが先輩としてちゃんと教えられるかどうかが、心配なのだ。
昼までに宿題を終わらせ、ご飯を食べてから楓と合流した。
バイトまではまだ時間があるけれど、初出勤で緊張している楓に呼び出されたのだ。
バイト経験もない楓からすれば、すべてが初めての事なのだ。
約束場所に来た楓の表情は硬かった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
近くのファミレスに入り、飲み物だけを注文して目の前に座る楓へ向けてそう言った。
「だって、バイトするのも初めてなんだもん」
いつもの楓らしい明るさはなく、ひっきりなしに手を開いたり閉じたりしている。
「初めてだからこそ、あたしが一緒で安心できるでしょ?」
少し冗談っぽくそう言ってみると、楓は真顔で大きく頷いた。
「そうだね。モコがいなかったらもっと緊張してたと思う」
「あたしも初めて『ロマン』で働いた日は緊張の連続で失敗も沢山したから、大丈夫だって!」
あたしは明るくそう言い、楓の肩を叩いた。
「そっか……そうだよね」
「そうだよ。だれでも初めては緊張するし、河田さんもそんなに厳しい人じゃないから、安心して?」
あたしが河田さんの名前を出した瞬間、楓の頬がほんのりピンク色に染まった。
「河田さんって、優しい?」
「うん、優しいよ」
あたしは頷いてオレンジジュースを一口飲んだ。
ゾンビ解体とかしているけれど、嘘はついていない。
「でも優しくてかっこいいなら、彼女さんいるよね?」
楓にそう聞かれ、あたしは危うくジュースを噴き出してしまう所だった。
でも楓にとってそれは大問題の1つなのだろう。
バイトを決めた最大の理由は河田さんへの恋心なんだから。
「たぶん、いないよ」
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