第18話
☆☆☆
開店20分前。
あたしはそっと『ロマン』の従業員入り口を開けた。
「おはようございます」
「あぁ、おはようモコちゃん」
グラスを拭いていた河田さんが視線だけこちらへ向けてそう言う。
「あの……今日はちょっと友達を連れて来たんですが……」
開店前に友人を店に入れる事に抵抗を感じながらも、あたしは楓を河田さんに紹介した。
「はじめまして、鶴野楓です」
楓は丁寧にお辞儀をする。
河田さんはそれを見て椅子から立ち上がり、同じようにお辞儀をした。
別にバイト希望で来ているわけでもないのに……。
堅苦しい2人に思わず苦笑いをする。
楓の方は緊張していてもしっかりと河田さんの顔を見ているのがわかった。
そしてあたしの背中に大きな○印を指でなぞってつけた。
楓にとって河田さんはストライクゾーンだったようだ。
25歳にしてはまだ若く見えるし、たしかにカッコいいし、ストライクゾーンであることに何の疑問も感じない。
でも、河田さんはゾンビ解体屋だ。
そんな人と友達が付き合うなんて、残念だけれど賛成することはできなかった。
「河田さん、せっかく楓がいるんで開店準備を手伝ってもらってもいいですか?」
開店まで1人で外で待たせるわけにもいかないし、店内でぼーっとしていられても邪魔になるので、あたしはそう聞いた。
「ん、あぁ。いいよ」
河田さんは我に返った様子で楓からあたしへと視線をうつし、頷いた。
その頬は少し赤らんでいて、再び楓へと視線を向ける。
河田さんの行動に驚きあたしは目を見開いた。
「モコ、どうしたの?」
楓が不思議そうな顔でそう聞いてくる。
「え、いや。なんでもないよ」
慌ててそう言い、楓と一緒に開店準備を始めたのだった。
☆☆☆
『ロマン』がオープンしても河田さんはカウンター内にいた。
いつもなら解体部屋へ移動している時間なので、カウンター内が窮屈に感じられる。
「コーヒー豆を取ってきます」
あたしはそう言い、河田さんを押しのけるようにして隠し扉を開けた。
それを見て楓が歓声を上げる。
すると河田さんが自慢そうに「珍しいでしょ、隠し扉のある喫茶店なんて」と、楓に話しかけた。
その光景に軽く肩をすくめて、あたしは解体部屋へと移動した。
今日はこちらの『お客様』も少ないのか、外に誰もいない様子だった。
あたしは手早くコーヒー豆を取り、扉に手をかけた。
が、ふと思いとどまってその場に立ち尽くす。
楓と河田さん。
誰がどう見てもお互いに一目ぼれをしていて、いい雰囲気だ。
ここであたしが『ロマン』に戻ったら邪魔なんじゃないだろうか……。
そんな気持ちになる。
楓と河田さんが付き合い始めるのはあたしからすれば正直気まずいのだけれど、邪魔するつもりもなかった。
しばらくその場で困っていたあたしだが、モニターを見ているとお客さんが入って来るのがわかってすぐに『ロマン』へと戻った。
「いらっしゃいませ」
いつもの接客トーンでお客さんに声をかける。
ほぼ毎日のように来てくれる常連の男性客だ。
河田さんと同年代くらいだけれど、公務員でカッチリとした性格をしている。
「モコちゃん、こんばんは」
爽やかなほほ笑みと白い歯をのぞかせる彼は好印象だった。
清潔感のある大人という雰囲気は、この『ロマン』の雰囲気にもよくあっていた。
「この子は?」
一番奥の席に座っている楓を見て、その人は聞いて来た。
「あたしの友達です」
あたしがそう答えたあと、間髪入れずに河田さんが口を開いていた。
「モコちゃんと一緒にバイトをしてくれることになった、鶴野楓さんです」
その言葉にあたしは目を見開いて河田さんを見た。
河田さんは営業スマイルを浮かべたままで、楓はニコニコととても上機嫌だ。
「ちょっと、どういう事ですか」
あたしは小声で河田さんに聞いた。
『ロマン』のアルバイトはあたし1人で十分やれることだった。
困っている事もなにもない。
それなのに楓を雇うなんて……あたしには納得のできない事だった。
「大丈夫だよ、モコちゃんのシフトは減らさないから」
河田さんがそう言い、あたしの頭をポンッと撫でる。
「『ロマン』は365日営業だ。モコちゃんが休みの日とかに、楓ちゃんに入ってもらう事にしたんだ」
上機嫌でそう言う河田さんにあたしは開いた口がふさがらなかった。
あたしが解体部屋で少し時間がかかっている間に、すでにそんな会話がされていたのだ。
河田さんからすれば楓をここに置いておきたいし、楓からしても河田さんに会える。
楓が『ロマン』でバイトをすることが、2人の距離を一番縮めやすい。
予想外の展開にあたしは驚きながらも、楓と一緒ならこれからのバイトも楽しくなるかもしれないと思ったのだった。
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