第17話

「これって、モコが持ってきてくれたんだろ?」



「な……なんの事?」



舞美がいる前なので、素知らぬ顔をする。



すぐにバレることかもしれないが、あからさまな対応はできなかった。



「いいよモコ。ちゃんと話は聞いてるから」



舞美がクスッと笑ってそう言った。



「ご、ごめん。あたし昨日冬の家に行ったの」



「うん。だから聞いてる」



あたしの慌てた口調に、舞美は笑った。



1人で勝手に冬の家に行った事を怒るかと思ったけれど、舞美にそんな様子はない。



ホッとすると同時に、最初言い訳をしてしまった自分が恥ずかしくなる。



「これ、お守りなんだろ? これを持ってたらどんどん熱が下がってきて、気分まで前向きになれるんだ」



冬がそう言い、ストラップを握りしめた。



「そっか……」



春の骨は本当に役に立ったようだ。



と言っても、春の魂はもうこの世にはいない。



骨のお守りとしての効果も今後薄れていく一方だ。



「このお守りはなんだか自分の分身みたいだ」



冬は嬉しそうにそう言ったのだった。



冬が戻ってきたことでようやくクラスが1つになれた感じがする。



口には出さなくても沢山のクラスメートたちが冬の事を気にしていたようで、冬の机には休み時間の度にひっきりなしに友人たちが寄って行っていた。



それが原因があたしたちが冬と会話することができなくなっていたけれど、仲良しグループだからまたいつでも会話するタイミングがあると考え、遠くから冬の様子を見守っていた。



「よかったね、冬が帰ってきて」



楓が舞美へ向けてそう言った。



舞美は大きく頷き、そしてハッとしたように頬を赤らめた。



今更ながら、今朝冬と会話していた時の自分の行動があからさまだったかもしれないと、気が付いたようだ。



「べ、別に、そんなに心配してもなかったけどね」



そんな強がりを舞美に、あたしと楓は声を出して笑った。



舞美が冬を好きな子とはみんな知っている。



それなのに照れくさくなると否定してしまう舞美が、とても可愛らしかった。



「いいなぁ、あたしも好きな人がほしい」



1人浮いた話がない楓がそう言って机に突っ伏した。



高校に上がってから何組ものカップルが誕生しているし、片想い中の子も沢山いる。



いちばん恋愛に興味が出て来る時期に自分だけのけ者にされている気分なのだそうだ。



「あたしも、今は失恋中」



そう言って、あたしは楓の体にもたれかかった。



瑠衣と夢羽は相変わらず仲が良くて、今も2人で冬を囲んで話をしている。



「あたしは失恋もした事がない」



楓はそう言い、更に表情を歪めた。



「何か楽しい事を探せばいいと思うけどなぁ」



ダラダラとマイナスな事ばかり話をしているあたしと楓に、舞美がそう言った。



「楽しい事?」



楓が聞き返す。



「うん。たとえば趣味を増やすとか、部活やバイトをしてみるとかさぁ」



舞美がそう言うと、楓がふいにこちらへ視線を向けて来た。



「な、なに?」



あたしは楓から離れて首を傾げる。



楓はうっすらとほほ笑みを浮かべていて、あたしを見る目には好奇心をたたえている。



「バイト! モコのバイト先の『ロマン』に連れて行ってよ!」



思いがけない言葉にあたしは瞬きを繰り返した。



楓が『ロマン』に来ることは一向にかまわない。



でも、客数が少ない『ロマン』に来たってバイトができるのはおもえなかった。



楓にそれを伝えたけれど、「全然平気!」と、即答されてしまった。



どうやらあたしのバイト先に興味があるだけみたいだ。



たしかに、楓は今まで『ロマン』に来たことがない。



郊外にあるため、場所もハッキリしないと言っていたことを思い出す。



「それなら、今日一緒に行く? ちょうど放課後にバイト入ってるの」



そう誘ってみると、楓は大きく頷いた。



「もちろん、行く!」



こうして、あたしは放課後楓と一緒に『ロマン』へ行くことになったのだった。



一度家に帰り着替えを終えたあたしは、学校の近くのコンビニで楓と待ち合わせをしていた。



楓は自転車なのにミニスカートという姿で現れて「だって、『ロマン』の店長さんってかっこいいんでしょ?」と、聞いて来た。



たしかに河田さんはカッコイイし、そういう話をしたことがあった。



楓はしっかりその情報を覚えていたのだ。



『ロマン』に来るのはバイト探しのためではなく、単に河田さんを一目見たいからだったようだ。



そんな楓に少し呆れつつも、あたしは一緒に『ロマン』へと向かったのだった。

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