第16話

少しだけ、涙が滲む。



あたしは本当に瑠衣の事が好きだった。



もうちょっとだけ早く自分から行動に移していれば、瑠衣と夢羽が仲良くなることもなかったかもしれない。



そんな後悔が押し寄せて来る。



起こってしまった出来事は変わらない。



誰かが悪いわけでもない。



だからこそ、自分自身の行動を後悔してしまう。



あたしは強く首をふり、涙をぬぐった。



あたしが泣いているのを河田さんがモニターで見ているかもしれない。



余計な心配はかけたくない。



あたしはコーヒーを飲みほして、解体部屋のドアを開けた。



「コーヒー豆の補充を……」



そう声をかけながらいつもの棚へ向かう。



その途中、横目でベッドの上に寝転がる男の子の顔が見えて、あたしは立ち止まった。



「冬……?」



思わずそう名前を呼び、ベッドに駆け寄った。



少年はビックリしたように目を見開いてあたしを見た。



違う……冬じゃない。



そう分かると同時に胸を撫でおろすが、少年は冬にそっくりな顔をしていた。



「モコちゃん、知り合い?」



「いえ……違ったみたいです。でも……」



すごく、似ている。



そう思った時、少年が上半身を起こしてほほ笑んだ。



その顔は冬にそっくりではあるが、すでに腐敗が始まっていて紫色の皮膚をしている。



「冬は、俺の兄貴です。俺は春。冬の双子の弟です」



「えっ……」



少年の……春の言葉にあたしは目を見開いた。



冬に兄妹がいたなんて聞いたことがない。



「俺は高校入学の前に死んでしまったので、きっと知らないと思います」



そんなあたしを見て春は言った。



「どうして、今ここへ?」



河田さんが春へ聞く。



「俺、土葬だったんです。それで魂が体に残ってしまって、しかも腐敗進行も遅れてきて。そんな時、冬が病気にかかっている事を知ったんです」



「冬は今高熱で学校を休んでいるの」



あたしが言うと、春はゆっくりと頷いた。



「俺と冬は双子です。だからもしかして、俺の何かを感じ取って冬の体に影響を及ぼしているのかもしれない。そう考えたんです。



もし、死んだはずの俺が動き回っている事で冬の体に異変が起きているのだとしたら、俺は早く成仏した方がいいと思って」



春が成仏することで、冬が元気になる。



そう考えたのだそうだ。



「君はお兄さんの事が大好きなんだね」



河田さんがそう言うと、春は恥ずかしそうに笑った。



その笑顔も、冬にとてもよく似ている。



「じゃ、解体お願いします」



春はそう言うとベッドに横になり、目をとじたのだった。



冬に双子の兄弟がいたなんて知らなかった。



きっと、仲の良い友人たちも聞かされていない事なんじゃないだろうか。



あたしは舞美の顔を思い出していた。



舞美も、きっと知らない。



でも、あたしの口からいろんなことを話すのはやめておこう。



解体部屋の事は口外しない約束になっているし、みんな知らない事をあたしが知っているとなれば、舞美に余計な不安を与えてしまうかもしれない。



だけどあたしは河田さんに頼んで春の骨の一部をストラップにしてもらった。



それを大切に鞄にしまい、『ロマン』が閉店したあとすぐに冬の家へと自転車を走らせた。



雨はまだ降っていたけれど、一刻も早く冬に会いたかった。



夜10時半に訪れたあたしは冬の母親は驚いた顔をしていたが、あまり渋ることなく冬の部屋へ通してくれた。



冬は相変わらず眠っていて、その体は汗でぬれていた。



あたしはベッドの横に膝をついて座り、春の骨で作ったストラップを取り出した。



春は冬の為に自分の体を捨てた。



それで本当に冬の体調が戻るかどうかなんてわからないのに……。



その優しさを冬にも見せてあげたい・



そう思い、あたしはストラップを冬の手に握らせた。



条件反射なのか、冬はそれを力強く握りしめた。



「春……」



冬が苦しげにつぶやく。



「きっと、大丈夫だから……」



あたしはいなくなってしまった春へ向けてそう言ったのだった。


☆☆☆


春の骨はきっと冬のお守りになる。



死んでからもずっと冬の事を心配していた春の優しさは、きっと冬に伝わる。



家に帰ってからもあたしはずっとそう信じていた。



失恋して悲しいはずの心は春の優しさによって、すっかり忘れていたのだった。


☆☆☆


翌日。



学校へ行くと冬の靴があり、あたしは大急ぎで教室へと向かった。



勢いよくドアを開け、そこに冬の姿があるのを見つけると泣きそうになった。



「モコ! おはよう!」



冬があたしに気が付いて元気な挨拶をする。



「お……おはよっ! もう、どれだけ学校休んでるの!!」



最初声が喉に詰まってしまったけれど、なんとかいつもの調子でそう言った。



冬が昨日の夜まであんなに苦しんでいたのが、嘘のようだ。



冬の隣には舞美がいて、休んでいた時の授業ノートをかしている。



その表情はとても明るい。



「いやぁ、心配かけて悪かったよ。モコと舞美はお見舞いに来てくれたんだろ?



 母親から聞いた」



「うん、まぁ一応ね」



あたしは軽い調子でそう返した。



「それとさ、これ」



そう言い、冬はポケットから春の骨のストラップを取り出した。

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