第20話

あたしは解体部屋にあるシャンデリアを思い出してそう言った。



河田さんは好きな女性を解体している。



そのショックは相当大きいだろうし、今恋人がいるという話は聞いたことがなかった。



楓の事は良く思っているみたいだから、もしかしたら次の恋人は楓になるかもしれない。



「いないの? それならっ……」



楓はそこまで言い、顔を赤くして息を吸い込んだ。



自分にもチャンスがあるかもしれない。



その思いにときめいているのだろう。



「楓なら、うまく行くかもしれないね?」



あたしはそう言い、空になったグラスに視線をやった。



あたしはどうなんだろう?



みんなが幸せになればいい。



そう感じたとおりに動き始めている。



だけど、あたし自身の幸せは一体どこにあるんだろう?



瑠衣への気持ちを封じ込めてしまったあたしは、それすらわからなくなっていたのだった。



ファミレスで時間を潰したあたしたちは、『ロマン』へ移動して来ていた。



楓に教えながらのバイトになるため、いつもより30分ほど早い出勤だ。



「ねぇ、あの人たちはなに?」



楓にそう聞かれて視線を移動させると、気の早い『お客様』が数人並んでいるのが見えた。



ここからじゃその顔までは見えないからホッと胸をなで下ろす。



腐敗が始まった紫色の肌を見たら、楓は悲鳴を上げて気絶してしまうかもしれない。



「あの人たちは河田さんの『お客様』だよ」



「え? 『ロマン』のお客さんじゃないの?」



楓が目をパチクリさせてそう聞く。



あたしはう~んと呻き声を上げた。



解体屋の事をバラしていいのかどうかもわからないし、下手な嘘をつくのも心が痛い。



「とりあえず中に入ろう。河田さんももう来ているみたいだから」



そう言い、楓と一緒に『ロマン』へと入って行ったのだった。



「おはようございます」



いつも通り挨拶をして『ロマン』へ入ると、そこに河田さんの姿はなかった。



楓が少しがっかりしているのがわかる。



「ちょっとここで待ってて」


あたしは楓へ向けてそう言うと、隠し扉から解体部屋へと向かった。



案の定、河田さんはすでに解体の仕事を初めていた。



集中している河田さんはあたしが部屋に入ってきたことにも気が付かない。



血なまぐさい臭いの中ベッドへと近づいていく。



「河田さん、おはようございます」



近くまで来てそう言うと、ようやく河田さんは顔を上げた。



『お客様』はすでに眠りについていて、解体は終わっている状態みたいだった。



これから河田さんの好みのパーツを選び、何かを作る所だったんだろう。



「あぁ、おはよう。今日は早いね」



「はい。今日は楓の初出勤ですから」



あたしがそう言うと、河田さんは目を見開き「そうだった!!」と、言った。



すっかり忘れてしまっていたようだ。



「悪いけど、そこにあるエプロンを楓ちゃんに使わせてくれないか」



河田さんはそう言い、血まみれの指でソファを指さした。



ソファの上にはナイロン袋に入った白いエプロンが置かれている。



「わかりました。あと、この解体の事は楓に話してもいいんでしょうか?」



そう聞くと、河田さんは少し困ったように眉をよせた。



「ここでバイトをするならいずれバレることだしな……。楓ちゃんには俺の口から解体の事を説明するから、モコちゃんは『ロマン』の仕事を教えててくれ」



「わかりました」



そうしてもらえるとあたしも助かる。



解体の説明なんかしても、きっと楓は信じてくれないだろう。



かといって実際に解体中の『お客様』を見せれば、もう二度とここへは来てくれなくなるかもしれない。



あたしはエプロンを持って『ロマン』へと戻った。



「河田さんはいないの?」



あたしが河田さんを連れて戻ってくると思っていたのか、楓は少し不満そうな顔をしている。



「今忙しそうだから。これを楓にって」



そう言ってエプロンを手渡すと、楓はさっそくそれを身に付け始めた。



しかしそのエプロンはあたしが使っているシンプルなものとは程遠く、思わずふきだしてしまった。



「なにそれ、フリフリじゃん!」


おとぎ話の中に出てきそうなメルヘンなエプロンに笑いが止まらない。



「モコのは違うの?」



「あたしのはこれだから」



そう言ってフリルのついていないシンプルなエプロンを見せると、楓は顔を赤くした。



さすがに恥ずかしいみたいだ。



「河田さん、買ってくるエプロンを間違えたのかなぁ」



楓が呟く。



しかし、楓にフリルのついたエプロンはとてもよく似合っていて、河田さんの趣味であることがすぐにわかった。



「そうかもね?」



あたしは適当に返事をして、楓に仕事内容を教え始めたのだった。

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