第13話

しかし、こうしてバイト後に河田さんと会話をする機会なんてめったにないので、あたしは2人分のコーヒーを入れた。



河田さんと並んでお客さん側のカウンターに座る。



こうして2人でコーヒーを飲むなんて、なんだか妙な気分だ。



新鮮だけど、少しだけ居心地の悪さを感じる。



会話の内容が少年の事だとわかっているからかもしれない。



「話って……なんですか?」



なかなか会話を始めようとしない河田さんに代わり、あたしからそう聞いた。



「あぁ。さっきの少年……少年に見える男性と言った方がいいかな」



河田さんの言葉にあたしは首を傾げた。



さっきの少年はどう見ても少年だった。



「どういう意味ですか?」



「魂の力によって体の腐敗が防がれる場合があるんだ。さっきの少年が殺されたのは10年も前だと言う事がわかった」



「10年!?」



あたしは目を見開いて聞き返していた。



少年の見た目は12歳くらいだった。



だけどそれが10年前だとすれば、実際の年齢は22歳という事になる。



あたしよりも年上だったのだ。



「そう。彼が殺されたのも、もう10年も昔の事というわけ」



「……そうなんですか……」



「事件性のある『お客様』は数多くいる。ほとんどがこっちの思いすごしだと思うが、彼のように本当に事件が起こっていたケースもある。でも……どんな状況でも、解体するのが俺の仕事だ」



「……わかっています」



あたしはコーヒーに視線を落とした。



河田さんが言いたいことは理解している。



『お客様』が解体を望んでいる限りそれを行わなければならないし、自分の感情だけで事件に足を踏み入れるようなマネはするべきじゃない。



事件に首を突っ込んで何かが起こっても、責任をとることもできない。



「モコちゃんは俺が思っている以上に大人だね」



不意にそんな事を言われて、あたしは河田さんを見た。



河田さんはさっきまでの難しい表情ではなく、柔らかなほほ笑みを浮かべている。



その笑顔を見ていると途端に恥ずかしくなり、あたしはまた視線をそらせた。



「べ、別に大人なんかじゃないですよ」



河田さんに比べれば人生経験も少なく、大きな傷を負った事もない。



事件があったと知りながら何もできない自分を腹立たしくも感じていて、割り切ることだってできていない。



「俺の言いたいことをしっかりと理解してる。心の中で葛藤はあったとしても、それは十分に大人だよ」



河田さんはそう言い、またほほ笑んだのだった。



死んでも10年間生き続けた少年。



河田さんの話では、魂が強く体と結びついていたのが原因なのだとか。



だとすると、自分が死んだことにすら気が付かない人もいるのではないか。



そんな質問をしてみると、河田さんは冷静な表情で頷いて「いるかもしれないね」と、答えた。



自分が死んだと気が付かないゾンビたちは、解体を頼ってくることもない。



腐敗していく自分の体に疑問を感じながら腐って落ちていくのだ。



それを想像すると心の中が悲しみに満ちていくのがわかった。



もしかしたらこの島の中にはそんなゾンビたちがまだまだいるのかもしれない。



家に帰る途中の繁華街で周囲を見回して、そんな事を考える。



ふと通行人の男性と目が合い、あたしはすぐに自転車の速度を上げた。



あの人も、この人も。



生きているのか死んでいるのかもわからない。



なるべく周囲を見ないようにして自転車をこぎ、家まで帰った時には呼吸が乱れていた。



額に滲んだ汗を手の甲で拭い、家に入る。



見慣れた家に戻ってきてもまだ落ち着かず、リビングが明るい間に手早くシャワーを浴びた。



「今日はなんだかバタバタしてるけど、どうかしたの?」



リビングでテレビを見ていたお母さんにそう聞かれて、あたしは曖昧にほほ笑んだ。



「汗をかいたから、早くシャワーをしたかっただけだよ」



「そうなの?」



娘のちょっとした嘘を見抜いているのか、その表情は疑っているように見えた。



「ねぇ、お母さん……」



「どうしたの?」



「今日、一緒に寝てもいいかな……」



あたしの言葉にお母さんは驚いたように目を丸くした。



高校生の娘がお母さんと一緒に寝ていいかと聞くなんて、想像もしていなかったんだろう。



でも、万が一自分が眠っている間に死んで、自分が死んだこと気が付かず10年も生き続けたとしたら?



そう考えると、1人で眠ることさえ怖くなってしまったのだ。



両親と一緒に眠れば、途中でお母さんがあたしが死んでいる事に気が付いてくれるかもしれない。



そんな事、絶対に言えないけれど。



お母さんは呆れた顔を浮かべて「仕方ない子ねぇ」と、言ったのだった。


☆☆☆


お母さんの横で眠りについたあたしは、翌日当たり前のように朝を迎えた。



目が覚めて、すぐに自分の胸に手を当てる。



ちゃんと心臓が動いている事を確認してようやく安心することができた。



あたしは生きている。



ゾンビになんてなってない。



「あら、おはよう」



お母さんが目を覚ましてそう声をかけてきたので、なんだか急に恥ずかしくなり、あたしは返事もせずに自室へと戻ったのだった。


☆☆☆


この日はとてもいい天気で、登校中に足の動きが鈍くなった。



学校には行かずにこのままどこかに遊びに行きたい。



そんな気分になる天気だった。



「おはようモコ!」



教室の前まできて声をかけられ、振りかえると夢羽だった。



夢羽の隣には相変わらず瑠衣がいて、あたしはそのツーショットにイラつきを覚えた。



「おはよう、2人とも」



イラつきなんて顔には出さず、笑顔を浮かべるあたし。



2人は好き同士でも、それは叶わない事だ。



それを知った時は同情したものの、目の前で一緒にいるところを見ると往生際が悪いと感じてしまう。



無理なものは無理なんだから、好きな気持ちも諦めてしまえばいいのに。



そうすれば瑠衣はあたしを見てくれるかもしれないのに……。



「モコ、なんだか今日は疲れた顔してないか?」



瑠衣にそう聞かれ、あたしは自分の顔に触れた。



昨日の事もあり、確かに少し疲れているのかもしれない。



「大丈夫だよ。……それとも、大丈夫じゃないって言えば瑠衣があたしに元気をくれるの?」



冗談めかしてそう言うと、瑠衣は一瞬夢羽の方へ視線を送り「友達だし、相談くらいには乗るよ」と、答えた。

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